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これが名文だ!!

以下は明治39年に発行された作文指導書『新體記事文』(文学士・久保天随著、光盛館発行)に掲載された模範文を口語に訳したものです(一部意訳)。近代的ホビー・ライティングの先達の業績として得るところ少なからず、本サイトがめざす境地を示すものでもあるので、随時ご紹介していきます。

夕暮れの写生

 読書に疲れ、私は一人で家の門を出た。鮮やかな夕映えの空、紅にオレンジの交じった雲の色、それらを背景とした鎮守の森の夕暮れの風情に心引かれ、好きな写生を試みようとしたのである。
 その時、遠い丘の辺りから、澄んだ笛の音が、鈴の音とともに聞こえてきた。牧場から馬を連れ帰る牧童が、興にまかせて吹くらしい。その調子はある時は高く、また低く、途切れようとしては延び、延びようとしては時に途切れながら、静かに大気を震わせつづける。聞けば聞くほど妙なる調べに、私はうっとりと我を忘れて耳を傾けていた。心にしみる音色は、次第にこちらに近づいてくるようだったが、どうしたものか、はたと止み、寂寞が訪れた。
 気がつくと、ひとときは美しかった夕映えもいつか色あせ、紅やオレンジ色だった雲は紫あるいは紫紺に変わり、紅葉の山ももう暗くなっている。里の土橋のそばの松陰から、眉のような月がさしのぼる。鎮守の森はすっかり黄昏の幕に包まれて、今や、写生よりも、朦朧とした墨絵に描けと言うかのようなのである。

鑑賞
色鮮やかな夕焼けに誘われて戸外に出た筆者は、その美しい自然の光景の中に流れ来る笛の音にさらに感動し、聞き惚れる。つかのまと思ううちに意外に長い時間が経過し、気がつくと夕焼けの色彩美が、いつかなつかしく暮れなずむ無彩色の美に変化していた。——多感な若者の意識の流れが、短くも美しい歌曲の旋律のように読む者の心に響いてくる。


山家の一夜

 道は林の茂みに分け入る。細い谷川の速い瀬音を聞きながら、私は流れに沿って歩を運び、またもや人間界に下りていくのだった。そして、山が紫に匂い、ヒグラシがさかんに鳴くたそがれ時、小さな山里にたどり着き、やっと人家を見ることができた。
 いかにもひなびた谷底の村は、カッコウも「住めば都」と答えるような僻地だが、こんな所にもさすがに人間は住み慣らして、20戸ばかりが散在している。茅葺き屋根の軒先には山が迫り、谷川にはこわれかけの橋。水は行き雲は静かにとどまり、老樹の梢には鳥たちが眠る——このような静かで清らかで閑寂な景色は、今さら情趣があるなどというのも愚かなほどだ。
 四面の山が都会の塵といっしょに陽光もさえぎり、ために日暮れも早く来るのだが、こんな浮き世離れした土地で暮らせば、一日が小一年にも長く感じられそうに思える。岩や木々を友として山仕事で暮らす人々は、おのずと心が呑気になると聞く。短い一生に安住の地を得られず、「こゝもまた浮世なりけりよそながら思ひしまゝの山里もがな」と詠んだ世捨て人は、ここに杖をとどめればよかったのにと思うほどだ。
 一夜の宿を頼んだ家のご主人は、年は60近くか、山の風雨に鍛えられて骨も肉も巌のようにたくましい人であった。顔は火天、声はわれ鐘のようだが、いわゆる「木訥仁に近し」のタイプで、少しもこちらを怪しむ様子がない。気さくに歓待してくれるのがありがたく、ひとしお身にしみたのは、これも旅情というものだろう。
 夜が更けて案内された寝所は、古布団が1枚無造作に敷き延べられているばかり。寝巻もなければ蚊帳もない。雨戸も開けっ放しだが、幸いに蚊はいない。古ぼけたスダレを時々谷の風が払い、耳に響く水音は澄み渡って、峡間の夜の寂しさが胸に迫る。月光が枕を照らすなか、風の扇、夜露の衣に秋を感じながら見た夢は、この上もなく清らかですがしいものであった。
 明くる朝、辞去。山里の俗を離れた美しさに感じ入りながら、「いつかはこんな所に住んでみたいものです」と言う私に、「酒屋へ3里、豆腐屋へ2里。ホトトギスの声など何が面白いでしょうか。私は半年なりとも都会に住んでみたいものと思っております」とは妻女の答えであった。

鑑賞
人と自然のふれあいは、自然に対する人の驕りがあって成り立つものではない。むしろ畏敬を込めた自然愛の中にこそ生まれ出る貴重なハプニングなのだ。そんな得がたい体験を淡々とつづったすがすがしい読後感を残す好編