| 社史・記念誌の参考事例集 |
社史職人からのメッセージ
●年史づくりは格闘技!?
年史編集者としてまだ駆け出しだったころ、あるスポーツクラブの年史を担当したことがあります。明治時代からの歴史を持つ伝統あるクラブです。制作の途中で、人名索引を付けると喜んでもらえるのではないかと思いつきました。というのも、その年史では主な競技会について記述するさいにほとんど参加選手名を紹介することにしていたので、いっそのこと巻末に人名索引を付ければ、OBの人々は自分がどこに出ているかを一目で確認できてよいだろうと考えたからです。OB会で作る編纂委員会に提案したところ、一も二もなく賛同されました。
ということで、当時のワープロソフトに付いていた索引機能を使って人名索引原稿を作ったのでしたが、それからまったく想定外の地獄の日々が始まりました。原稿の段階では編纂委員会にOKをもらっていたものの、一応のレイアウトや写真の割付をしたゲラになってからの修正が出るわ出るわ、そのつど人名索引は手作業で直していかなければなりません。どこかのページで1行増えただけで、千名以上にも上る人名索引全体をチェックし、修正していかなければならないのです。
これ以上思い出したくありません。ゲラの修正と印刷所の催促との間でのたうち回るうち、2カ月足らずの間に真っ黒だった髪が一気に半白になりました。78sあった体重は61sまで落ちました。それまでなかった目の下の涙袋のシワがその時初めてできて今日まで取れません。まだ壮年のつもりだった私の人生は一気に老け込みの段階に進んだのでした。
やっと作品が完成してまもなくのこと、一本の電話が入りました。受話器の向こうで年配の男性が号泣しておられました。編纂委員長だった方が、OB会の長老の方に作品のできばえをたいへん褒められたとのことで、感激されてのお電話でした。編集会議で常に温容を保ち、制作について難しい注文をつけることなど一度もなかった方でしたが、伝統あるスポーツクラブとして恥ずかしくないクラブ史ができるかと、言葉にできないほどのプレッシャーに耐えておられたのでした。
年史づくりは格闘技、と、そのとき初めて知りました。
(東京本部 エディター 神谷 登)
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