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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

3.会社における不易流行-重きぞ企業理念-

 21世紀に入る直前、会社に限らずどの組織体も、「21世紀ビジョン」なるものを盛んに作成していた。御多分に漏れず、勤めていた会社でも、社員を対象に公募が行われ、社内の各部署から我はと思う者がチームを組み、それに応じていた。審査の結果、優秀と思われる論文数編が選ばれ表彰された。何を隠そう、我がチームもその末席を汚すこととなり、提案した内容の一部は、実際の経営に反映されたりもした。

 この種のビジョンや中長期的な経営計画の冒頭に必ず出てくるのが、企業理念である。そこに綴られているのは、会社の社会とのかかわりに関する基本的な姿勢である。会社は何のために存在しているか、社会にどう貢献するか、どのような価値を提供するかという会社の存在意義に関わることである。会社の社会に対する誓約とは言わないまでも、宣誓とでも言えるものである。企業理念の文言に関して、わざわざ、社内に検討委員会を設け、社外の○○総研みたいなところに委託して検討する場合もあるが、意外と、創業者の残した言葉を、そのまま引用しているケースも多いのではないだろうか。企業理念と似たような使われ方をするものとして、経営理念とか社是というものがあるが、これは、経営者の経営方針を述べるもので、経営者が変われば変わってもおかしくない性質のものである。ただし、実際は、これらは明確には区別されていない場合も少なくない。

 企業理念は、普段の日常業務の中ではあまり意識していないので、お題目だけのように思うが、決してそうではない。非常に重要なものであり、意義深いものでもある。初めて企業理念を意識したのは、新規事業を審査するメンバーの一人として、投資すべきかどうかの審議に関わったときである。会社では、社内ベンチャーを公募したりして、新たな事業領域を開拓しようとしていた。勤めていた会社は、建設系のコンサルタントであったが、ダチョウの畜産、陸上エビの養殖、有機栽培バナナの販売など、実に、色々なジャンルのビジネスプランの応募があった。審査は、市場性(ニーズ、顧客)、競争優位性(アドバンテージ、ポジショニング)、成長性と将来性(拡大・展開の方向性)、採算性などの観点から行い、最終的に、リスクを考慮し採用するかどうかを決めることになる。判断する上で大事なことは、採算性が合い成功確率が高いからといって、そもそも、そのビジネスは当社がやるべきものかどうかという視点を持つことである。極端に言うと、遊戯としてのパチンコの良し悪しは別にして、いくら儲かるからといって、建設系のコンサルタントがパチンコ屋をやるべきかどうかという点である。迷ったときに、いつも立ち返るのが企業理念であった。企業理念と照らし合わせることにより、会社が取り組むべき必然性があるのかどうかを冷静に判断することができた。

 最も企業理念を明確に意識するのは、企業不祥事があったときである。日々の事業活動に気を取られているうちに、いつの間にか企業理念に背いた方向に向かっていることに気づかなかったということは、どの会社も、大なり小なり経験しているのではないだろうか。大事に至らないまでも、ニアミス程度の経験はあるのではないだろうか。企業不祥事としては、単に、顧客満足度が得られないような品質の成果品を提出したというレベルのものから、設計や施工ミスなどの瑕疵問題、談合問題に代表される独占禁止法違反などの法律違反に至るまで色々ある。しかし、一度、企業不祥事を起こすと、その影響は、対象となったプロジェクトの顧客に留まらず、関連する顧客から指名停止を数ヵ月受けたり、著しい場合は営業停止、登録抹消なども想定される。また、マスコミ等に取り上げられると株価へも影響し、会社は経営上の大きな打撃を受け、著しい場合は、倒産に追い込まれることもある。そのような企業不祥事を防ぐために、会社は社内に企業倫理なる規定を設けている。企業倫理は、法律のように明確な罰則規定に基づくものではなく、法律を補完し、社員に倫理的行動を促すものである。内容としては、行動規範を設け内部統制を図るものであるが、肝心なのは、社員一人ひとりがそれを遵守ることであり、そのためには規範を行動レベルまで落とし込み、社員のインテグリティ(言行一致)を確保することが重要となる。会社は、営利団体である以上、当然、利益を追求する。そうなると、その組織の中に企業倫理を設けるということは、一見すると、二律相反となり相矛盾するかのように見える。企業倫理は利益追求を妨げブレーキをかけるように感じる。しかし、よくよく考えると、会社が事業活動によって金銭的報酬を得ることができるのは、その存在が社会によって認められているからに他ならない。従って、社会的存在である会社が、社会の共通モラルに背く行動をとれば罰せられるのは当然かもしれない。そうならずに、会社の永続性を担保するために、企業理念の中には、企業倫理の精神が内包されているケースが多い気がする。

社史関連エッセイ挿図3-1

 俳人松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の間に体得したといわれる俳諧用語の中に、「不易流行」という言葉がある。「不易」とは変わらないあるいは変えないという意味で、俳句には五七五の十七音があること、季語があることなど、いくつかの原則があることを表している。一方、「流行」とは変わるあるいは変えるという意味で、十七音の中で作者が句材等に工夫を凝らした新しい表現部分に相当する。即ち、上質な俳句を創作する上で不変と変革を峻別(しゅんべつ)することの重要性を説いた言葉である。会社に当てはめれば、常に利益を追求するために時代に合わせて事業内容を変革していくのが、言わば「流行」である。ただし、それだけでは永続性は保証されないので、同時に会社としてのフィロソフィー(哲学)を「不易」としてもたなければならない。それが企業理念であるように思う。企業理念が根底にあってこそ、初めて社会に受け入れられる存在と言える。社内においても、企業理念は、社員個人の中に無意識的に内在する共通項のようなもので、それが仕事をする上での活力となり、根っこの部分の求心力として経営を支えている面があるように思う。社員同士の価値観の共有とチームワークの醸成にも役立っているように思う。企業理念という「不易」の部分を継承しつつ、如何に時代に即した事業変革という「流行」の部分を遂行していくか、まさに、「不易を知らざれば基(もとい)立ちがたく、流行を知らざれば風(ふう)新たならず」(『去来抄』修行)といった「不易」と「流行」の両方を常に念頭に置いた経営が、会社を永続的に繫栄させるには必要のように思う。


風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇―働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意―ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ―父からの伝言―』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』など。