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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

4.魅力ある会社とは-新卒採用でわかったこと-

 現役時代、人事担当ではなかったが、新卒採用に随分関わった。初めは、専門部門の担当者として、一次面接だけでなく、専門の問題作成、採点も行った。所属部門の長となってからは、専門部門ごとの採用人数のバランスを考えながら、一次面接通過者を選別するための二次面接を行った。経営者になってからは、既に、各部門で適性をチェックされ推薦されてきた候補者を、人物として、社の仲間に入れてよいのかどうかをざっくり判断するつもりで、最終面接に臨んだ。
 これまでの面接を振り返ると、学生たちの気質や仕事に対する姿勢も、時代と共に随分変わってきたように思う。面接を担当した初めの頃は、買い手市場だったこともあり、学生たちも落ちてはなるまいという必死さが伝わってきたが、少子化とともに、徐々に売り手市場となると、合格通知を複数枚持っているのが当たり前になり、学生たちにも余裕があるように感じられた。終身雇用が当然であったこれまで時代と異なり、一旦就職しても、一つの会社に拘(こだわ)ることはせずに、より条件の良い職場を求め転職する欧米流の合理的な考え方が浸透しつつあるように感じられた。この傾向は、グローバル化により人材の流動化が更に進めば、より助長されるように思われる。従って、会社側としては、学生にとって魅力ある会社とはどういう会社か、社員にとって留まるに足る会社とはどういう会社か、その要件を知っておくことが、これまで以上大事になってくるように思う。
 人間行動の動機付けとインセンティブに関して、マズローの欲求5段階説というものがある。マズローは、人間の欲求は下位の欲求が満たされるごとにより高次なものを求めて、図中に示す①から⑤の順に移行していくとしている。

社史関連エッセイ挿図4

 ①の生命維持のための生理的欲求は、会社に所属するサラリーマンに照らせば、最低限の生活を確保するための賃金保証に相当する。健康維持に必要な睡眠の確保という意味では労働時間もこの範疇に入る。 ②の秩序や不変性による安定を求める安全の欲求は、雇用の確保と継続、安定した収入に裏付けられた生活設計を描くことができるということである。
③の良好な人間関係を求める所属と愛の欲求は、パワハラ、セクハラ等がなく、疎外感の無い職場環境で働きたいという願望である。
④の尊敬されることを願う承認(尊重)の欲求は、能力を社内外から評価されたいという思いと、資格取得などにより自らをキャリアアップさせたいという願いである。
⑤の成長と発展を願う自己実現の欲求は、仕事に生きがいと誇りを感じ、自ら描いた将来像に近づきたいという願望である。

 これらの中で①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛の欲求は心身ともに健康で仕事をしたいという基本的欲求である。この内、①、②は、誰でもが生活を営む上で充足を要望する一次的欲求である。それに対し、③は生活の手段は確保された上で、できるならばストレスのかからない状態で仕事をしたいという二次的欲求である。一方、④承認(尊重)の欲求、⑤自己実現の欲求は、満たされなくても健康や生活に支障を来たすわけではないけれども、仕事を通じて何かを獲得したいという望みであり、成長欲求とも言えるものである。この内④は資格や経歴などを評価する他者あるいは集団を意識しているのに対して、⑤は自分の目標を達成したい、自分の生き方と仕事を合致させたいというもので、ある種の無償性を含むのが特徴である。

 これまでの新卒採用の経験などから、現代の若者がどのような欲求を持っているかを類推すると、その背景に、女性の社会進出があることに気づく。現代女性は結婚して家庭を持っても働き続けたいという意志を持っている人が多いように思う。従って、必然的に、ほとんどの夫婦は共稼ぎである。①の生理的欲求の中で、給与などの金銭的な要望は昔と変わりなくあるのは確かだが、どちらかというと二の次で、それよりも超過勤務は多くはないか、休日が確保されているかなどの労働時間が一番の関心事のように思う。日本の場合、平社員と管理職との給与の差はせいぜい1、2割程度で、会社の大小を問わず倍も違うということは決してないので、2馬力で稼げば、30代であっても二人合わせれば、収入は部長などの管理職よりも多くなるのではないだろうか。それよりも、子供ができても、共稼ぎが可能な時間的余裕があるか、時間の融通が効くかどうかを重要視するであろう。また、②の安全の欲求で言えば、単身赴任や転勤を嫌う傾向が見られる。夫婦の生活が別々になると、共稼ぎが成立しなくなるからである。勢い、転勤のないのを第一条件として会社を選んだり、入社後も、たとえ給与が若干安くなっても転勤のない地域限定社員を選ぶ人も少なくないということになる。

 一時期、入社後10年以内に離職する社員が無視できない数に上り、その原因を分析したことがあった。その理由として一番多かったのは③の所属と愛の欲求の人間関係で、特に、上司との関係が原因のケースが多かった。「この会社にいる以上、この上司の下に居ざるを得ない」と追い詰められた結果、離職するケースである。中には、本人が堪(こら)え性がないという理由もあったが、印象として上司の方に問題があることが多かった気がする。直属の上司が閲覧できないようにマスクをかけて、直接、社員の意見が吸い上がるようにした人事アンケートをしたこともあったが、複数の若手社員が同じ上司のことを嫌っている場合は、上司の方を移動させた方が離職者を減らすのに手っ取り早いということもある。④の承認の欲求は、昇給・昇格や人事評価の話で誰しも気になるところであるが、特に、外国人の場合に顕著に現れるものである。外国人は「この会社に在籍することが自分のキャリアになるか、経歴に箔(はく)が着くかどうか」を常に見ている。一定期間でも、在籍することによってキャリアアップが図れるかどうかを最も気にしている。昇給や人事評価に関しても日本人以上に敏感で、評価の理由を教えてほしいと詰め寄られたこともあった。人事評価は、その基準を明確にすることと、何といっても公平性を保つことが第一である。⑤の自己実現の欲求は志の高い人に見られるもので、注意すべきは、民間企業である会社というものが、そもそもその人にマッチしているかどうかという点である。民間企業に馴染めず、NPOかNGOみたいな非営利団体の方が向いている人も時々見られた。

 いずれにしろ、いつの時代も、どんな社会でも、生きていく上で基礎となるのは①、②の一次的欲求であることは変わりないが、社会が繁栄し最低限の生活が保証されるに従い、金銭よりも時間の自由度を求める欲求の比重が高まると予想される。社会構造が複雑になるにつれ、人間関係のストレスの少ない働きやすい職場環境を求める二次欲求もより高まると思われる。そして、グローバル化による個人主義の浸透などの要因により、他者から正当に評価され、自己実現もしたいという④⑤の高次の成長欲求の比重も徐々に大きくなっていくものと考えられる。このような時代の移り変わりに対応し、魅力ある会社として社会から認められるには、従来通り、給与や労働時間の改善は当然であるが、特に、働きやすい職場環境づくりや、社員の成長の機会を与える会社としての施策が決め手になってくるのではないだろうか。

 新卒採用面接は、会社にとって一つの社会の扉である。学生たちの話や態度から、現代の若者の気質やものの考え方などを窺(うかが)い知ることができる。面接を始めた頃は、気が付かなかったが、途中から、面接をしているのはこちらで受けているのが学生に違いないはずが、ふと、逆に、自分たちが学生から面接を受けているような心境に陥るようになった。少子化時代の学生は、いくつもの会社を見て回っているので、ある意味目が肥えている。そうなると、面接官の言葉の端々から、この会社は、どの程度の会社かを、値踏みしているかもしれない。現に、内定通知書を出した後、辞退した学生が断る理由に、「こんな人が経営者でいる会社なんか行きたくない」という捨て台詞を残していったこともあった。
 
 面接はこちらからの質問が大半であるが、最後に、「そちらから何か聞きたいことはありますか」と必ず聞くことにしている。この時が、勝負である。同業他社の同じような立場にいる人を意識し、いかに「流石(さすが)」と思わせるか。面接に携わった終わりの頃は、そんなことを考えながら、面接に臨んでいた。面接官は、学生だからと侮(あなど)らず、心して面接に臨んでほしいと老婆心ながら思う。


風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇―働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意―ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ―父からの伝言―』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』など。