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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

6.人事について思うこと-公平と公正-

「人事を制する者は会社を制す」とまではいかなくても、人事は会社を良好に運営する上で非常に重要なことである。会社の業績の良し悪しは、煎(せん)じ詰めれば、構成員である社員一人ひとりのやる気にかかっているといっても過言ではない。いかに、会社にとって効果的であり、社員にとっても納得性のある人事を行うかが大事である。

 我々、団塊の世代が入社したした頃は明確なものはなかったが、現在は多くの会社で目標管理制度なるものが導入されている。社員各自が、年度の初めに自らの目標を考え、上司との面接を通じて会社の方針との整合を図り、年度目標を定めるものである。目標としては、大まかに言えば、担当部署の業績目標と、資格取得などの自己研鑽目標がある。その後、四半期、あるいは半期ごとに進捗状況がチェックされ、年度末に設定した目標に対する達成度を判断され、人事評価の有益な資料とされることになる。

 人事評価には、大きく、業績評価と人材評価がある。業績評価は、対象期間の数値目標値に対する達成度を評価するもので、A、B、C、D、Eの5段階で評価し、その結果は、賞与に反映されることが多い。部署ごとに割り振られた賞与の総額を、評価の高い者から順に一定比率で振り分けることになる。この場合、よく問題になるのは、達成度を上げるために、とかく初めから目標値のハードルを下げようとする気持ちが働くことである。これが罷(まか)り通ると、誰も努力をしなくなり、会社全体として業績が伸び悩んでしまうことになる。これを避けるには、目標の達成度と同時に、目標値の設定度も評価対象とするのが順当である。そうすることにより、自ずと、高い目標にチャレンジしようとする気持ちもわいてくるものである。

社史関連エッセイ挿図6


 人材評価は、いわば人格の良し悪しを見るものである。業績評価と異なり、一時的な賞与に反映されるのではなく、昇給昇格に反映されることが多い。Aランクの人は昇格が早く、Eランクは昇格が遅いことになる。悩ましいのは、業績評価と同じく5段階で評価されるわけであるが、構成員数に対する各ランクの比率が決まっている相対評価なので、部署内で山なりの分布を作る必要がある点である。つまり、Cランクを平均とすると、AランクとEランク、BランクとDランクを同じ比率としなければならないということである。当然、グループのメンバー構成によって運不運が出てくるので、それを防ぐため、評価結果が上部組織に持ち込まれる段階で微調整することにはしている。目標面接では、この評価結果を本人に開示することを推奨している。しかし、誰しも自分は精一杯仕事をしていると思っており、A以外は不平が残るのが実情なので、このやり方は、必ずしも、好結果をもたらすとは思えない。人材が流動的で個人主義が浸透している欧米流の会社ならまだしも、共同体的な日本の会社の場合は、社員のやる気を削ぎかねないので、一考を要すると思われる。

 人格は、長年月かかって身に着いたものが自然と醸(かも)し出されてくるもののように思う。たとえ、人に良く見られようと、計算ずくで動いたとしても、人はそう容易く別人を演じられるものではなく、すぐに見破られてしまうものである。異なるバックグラウンドの人が、違う切り口で見ても、誰もが信用できる人、共感層が広く人気のある人、例えていうならば、どこから見ても円に見える、球のような存在が、人望があるということのように思う。意外と、社内で育った人よりも、外から来た人の方が、主観が入らず、また、大勢の人に接しているので人格を見抜く力があるようにも感じられた。人は、努力が認められ、所属する組織から高評価が得られればやる気を出すし、低評価ならば、意気消沈するものである。故に、人の評価を透徹した眼で、公平に行うことは、何にもまして重要である。

 サラリーマンにとって、係長、課長、部長などの役職人事は、最も気にかかるところである。これらのポストが、給与の多寡は別にしても、家庭内も含め社会生活を営む上でのステータスになっているのは事実である。社内における同期入社の最大の関心事の一つでもある。給与は30代半ば位までは、生活基盤のこともあるので、完全な年功序列とはいえないまでも、概ね、社歴に応じて付与される社内資格に沿った水準になっている。一方、役職人事は、大概、期間ごとの評価結果をもとになされている場合が多いが、社歴が積み重ねられるに従い、程度の差こそあれ、必ずしもルール通りにはなっていない面が出てくるのが常のように思う。貢献度が高くても、「ポストを与えなくてもやるやつは後回しでも良い」という安易な考え方を持つ上司がいるのも事実である、特定の人を、ポストに残す、残さないで役職人事のルールのほうを変えるということも無きにしもあらずで、そうなってくると、多分に社内政治的色彩を帯びてくることになる。望むべくは、えこひいきのない役職人事である。どういう成功体験があり、それが活きる局面かというのが、一つの人選の決め手のように感じる。逆に、場合によっては、気に入った部下でも、不祥事を起こした場合は「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」というメリハリがあっても良いように思う。

 現役時代、人事部門に所属することはなかったが、現業の管理者として人事評価や人事異動に関わっただけでなく、人事アンケートという社員の意見を吸い上げる全社的なシステムの構築と運営に取り組んだことがあった。このアンケートは、職制による目標管理面接や人事評価とは別ルートで、全社的な立場から、直接、社員の転属・転勤希望や職場に関する諸々の意見を吸い上げるものである。パソコンを利用し、課長、部長、事業部長と、職制別に閲覧範囲を限定し、最終的にはアンケート担当者しか閲覧できないようにマスクをかけることにした。初め、人事部門からは、「人事権は会社にあるのだから、いちいち、本人の意向を聞く必要はない、ダブルスタンダードになる。寝た子を起こすようなものだ」と強く反対されたが、最終的にはその有効性が理解され、全社的に実施されるようになった。

   転属・転勤希望を事前に把握しておくことは重要で、転勤の辞令を出した直後に、「実は田舎に帰る予定があるので退社します」ということがわかり、慌てて代わりの人に転勤命令を出したことがあった。このようなケースの場合、「玉突きで誰かの代わりに、あてがいぶちとして異動させられた。俺は、あいつの替わりか」という思いは、いつまでも尾を引くもので、こうしたミスマッチをなくすためにも、事前に対象者の要望を把握しておくことは大事である。このアンケートを実施する前も、目標管理面接時に直属の上司が転属・転勤希望を確認することになっており、上司が自分の評価に関わると思い都合の良いように修正する傾向が見られたが、このシステムが運用されてからは、そういう心配もなくなった。人事アンケートは、転属・転勤希望だけでなく、部下からの上司に対する評価や意見も吸い上げられるので、パワハラ、セクハラなどの兆候を事前に察知することができるので、労務上のリスク管理、職場環境改善にも一役買うことができたと思っている。

 人事異動はさまざまな理由でなされる。第一の目的は、社の業績を伸ばすために、適材適所に人材を配置することである。新たな組織を立ち上げるための抜擢や、需要の拡大に合わせて必要な要員を動員する場合なども含まれる。それとは別に、長期的な組織の存続のため、教育的見地からさまざまな経験を積ませるための異動もある。この目的の場合は、同じ場所にいても自らを変えていくことができる人間は、あえて異動させる必要はないが、その場所に安住し成長が見込めない人は異動させるのが適切であろう。ただし、役所で行われているキャリア制度などは、成長のためというよりは箔を付けるという側面が強いと思うので意味合いが違ってくる。不祥事が発生した時に、組織として示しをつけるため、粛清とはいわないまでも、いわば、見せしめとして行われる左遷人事もある。これも、組織の統制を図るためにはある程度仕方ないことではある。問題なのは、扱いづらい部下がいた場合に、恣意的に他部署に追いやるというものである。人は、残念ながら、扱いやすい人、尽くしてくれる人を傍に囲っておきたいもののようであるが、このような上司のご都合主義は厳に慎むべき行為といえよう。

 総じていえば、人事は、表面的には公正に見えてもそうとは限らない面があり、運不運はつきものである。でき得れば、すぐには事情が許さないにしても、長期的には、周囲の誰もが納得する人事が可能なように、利害関係のある当事者ではなく第三者が理不尽なことを監視できるようなシステムを、組織として導入すべきと思う。


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※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇―働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意―ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ―父からの伝言―』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』など。