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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

10.利益と品質-生産性を考える-

 バブル崩壊後、失われた10年といわれた90年代、日本全体の景気は低迷していた。御多分に漏れず、勤めていた会社も業績が伸びず、受注量が増えない中、いかに生産性を上げて、利益を確保するかに躍起(やっき)になっていた。当時、事業部門のスタッフをしていたが、どのようにしたら生産性が今よりも上がるか、生産体制の再構築の素案作りに携わっていた。

 生産性は、広義には、労働、設備、原材料などの投入量と、これによって作り出される生産物の産出量の比率のことである。別の言い方をすれば、付加価値をそれに要した経営資源で除した値である。人的資本が唯一の資産であるコンサルタント業の場合は、事業から得られた利益を総人件費で除したもので表すことができる。平たく言えば、一人当たりどのくらいの利益を上げられるかということである。

 生産性を考える場合、散髪屋を想像すると理解しやすい。店主一人で営業している個人の散髪屋の場合、まず初めに、生産性の向上は主人のスキルアップ如何にかかっている。仕事を始めたばかりの不慣れなうちは、一人散髪するのに、カット、髭剃り、シャンプー含めて1時間かかったとしよう。それが、徐々に慣れてきて腕も上がり、45分あれば一人の客の散髪ができるようになると、一日の所定の労働時間内に、より多くの人を散髪できるので、一日の収入(利益)が増加する。人件費は、主人一人で変わらないので、結果、生産性は向上することになる。つまり、主人ひとりの場合は、生産性の向上は時間効率の向上と同義と言える。図aは、当初、顧客が満足する要求レベルの品質の散髪をするのに1時間かかった時の時間効率をα(アルファ)とすると、スキルアップにより45分になった時の効率がβ(ベータ)に向上したことを示したものである。

社史関連エッセイ挿図10

 次に、評判が評判を呼び店が繁盛し、顧客数も増えた場合を想定する。店としては、一人でも多くの顧客に対応しようと思っても、主人はロボットではないので、時間短縮にも自ずと限界があり、図aに示すように、時間効率Γ(ガンマ)がその上限となる。即ち、一人でさばける客数が決まってくる。そこで、より多くの顧客に対応するために、散髪台を増やし、髭剃り、シャンプーをする人を外注で雇い、主人はカットに専念することにしたとする。それにより、多くの顧客に対応できるようになり、散髪台の減価償却費や外注費はかかるが、トータルの利益は上がり、人件費は変わらず主人ひとりなので、生産性は上がることになる。ここで注意すべきは、散髪屋の例でいえば、主人が頑固で、どうしても自分がすべてをやらなくては気がすまなくて、人にやらせないというケースである。国際分業の正当性を裏付ける考え方として、経済学者デヴィット・リカードの比較優位の法則というものがある。例えとしてよくあげられるのは、弁護士とタイピストの話である。その弁護士はタイプが得意で、実はタイピストより腕が良い。そうなると、タイピストに変わってタイプをしたくなるが、それは間違いで、タイプはタイピストに任せて、弁護士は、あくまで、法律事務に専念すれば、多くの顧客に対応できるので、トータルとしてのアウトプットを最大化できるというものである。散髪屋の場合も、いくら主人が外注の人より、髭剃りやシャンプーが上手いからといって、その作業を手放さなければ、この店はそれ以上発展しなくなってしまうことになる。

 次に、さらに顧客が見込めそうなので、散髪の肝であるカットも人を雇い外注することにした場合を想定してみる。これにより、ほとんどの作業が外注されたことになる。ここで問題が生じる可能性があるのは、雇われたカットマンの技量が主人と遜色なければよいのだが、劣っていた場合、顧客満足度が得られない可能性が出てくる。つまり、品質低下の問題である。必然的に、客は遠のき、顧客数は減少してしまうことになる。つまり、横軸に、外注比率R(アール)(外注人件費/社員と外注の人件費の和)をとり、縦軸の品質との関係を表した図bに示すように、生産性を高め利益を追求するために、際限なく外製化(外注に出すこと)を進めると、やがて品質面から見た外注比率R(アール)の限界を越えたところで品質の低下を招き、結果的に客が減少し受注量が減ってしまうことになるということである。いざ受注量が減ると、景気が低迷した場合も同様であるが、利益を残すために、外注するだけの余裕がなくなってくる。即ち、今度は内製化(内部リソースだけで仕事をする)をしなければならなくなる。散髪屋の例でいえば、外注を解約し、外注していた髭剃りやシャンプーも主人がやらなければならなくなる。その場合、主人が、かつて髭剃りやシャンプーをやったことがあり、まだ若くて体力があればよいが、仮に、髭剃りやシャンプーをやったことのない店を引きついたばかりの2代目の息子だとしたら、外注を切ることもできなくなり、生産性が低下するだけでなく、外注費が嵩み、下手をすると原価割れする事態に陥ることになりかねないことになる。

 会社における実際の現場も、基本的には散髪屋の場合と同じ構図であるが、主人ひとりでなく、社員がチームを組んで仕事をするという点が異なっている。社員には、新入社員からベテランまでおり、顧客に対して、一定レベルの品質の製品やサービスを提供するために、社内教育などを施すわけであるが、景気が傾き受注量が減り、それまで外注していた仕事を内製化しなければならない時に、問題が生じるケースが多い。ベテラン社員は、昔、会社が小さかった頃、下積み的に、何でも直営でやっていたので、その気になれば、外注会社がやっていたような、たとえば、図面書き、数量計算などもこなせるが、新入社員は、入社した時から、そういう作業は外注会社に任せていたので、一から教えないとできない場合が多いということである。無理にやらせると、かえって、外注会社がやるよりも品質が低下してしまうことにもなりかねない。もう一つ、以前よりも内製化が難しくなった原因は、昔よりも、生産プロセスの分業化、専業化が進み、外注会社といっても専門性が高く、容易には技量を真似できないという点である。いずれにしろ、内製化といっても容易ではなく、品質の面からいっても、自ずと限界があるのが現実である。人は、とかく易きに流れるというように、楽なのでついつい自分でできることも、所謂「下請け任せ」というか、外注に出しがちであるが、それが過ぎると、外注先がいないと手も足も出ない状態に陥る。費用の面でも外注の言うなりになってしまう危険性がある。そうならないためには、たとえ、熟練の域に達するのは難しいとしても、品質に関わる肝心なポイントは外さないレベルまでは習熟することが望ましい。

 社会情勢は常に変化しており、好不況は如何ともしがたい面がある。好況の時注意すべきは、比較優位の観点から、まだ外製化し受注額を増やせるのに自主消化に拘り他の仕事の受注機会を喪失することと、逆に、ついつい受注金額を増やすために外製化限界を超えて仕事を請け、品質の低下を招くことである。外製化は、外注先に対する的確な指示と成果のチェック能力があって初めて可能であり、経験の浅い時期から外注を頼る癖がつくと技術の空洞化が生じる危険性がある。一方、不況のとき注意すべきは、内製化の可能範囲なのに自主消化の努力をせず外注会社に頼りすぎることと、逆に、短期の教育的効果は別として、内製化限界を超えて社員より外注会社の方が効率のよい作業に社員が直接関わり、かえって品質低下を招くことである。抜本的な対応方法は、社員に対して、若い時期にOJT(オンザジョブトレーニング)などの手法により、できるだけ広い内外製化範囲を身につけさせ、仕事が忙しい時は外部リソースを使うがいざとなったら自分でも処理できる地力を身に付けさせることである。景気変動に強く持続的に成長できる会社とは、内外製化範囲の広い社員をより多く擁する会社といえるのではないだろうか。




風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇―働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意―ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ―父からの伝言―』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』など。