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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

13.付き合い方のヒント-信頼の構築-

 夏目漱石の『草枕』の冒頭に、「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに、人の世は住みにくい」という名文がある。まさに、サラリーマン人生を言い当てているような気がする。社会に出て、仕事をするということは、つまるところ、社内外の人と如何に付き合うかということに他ならない。これらの人と、上手く付き合うこと抜きにして、仕事を円滑に進めることはできない。振り返ると、サラリーマン時代、仕事を通じて、図に示すような、社外においては顧客、協力会社、社内においては、上司、部下、同僚など、大勢の人と付き合った。中には、いろいろなタイプの人がいて、初めから苦なく付き合える人もいたが、お互い、気心が知れるまで、相当時間を要した人もいた。

社史関連エッセイ挿図13

 顧客とは、初対面のときから甲と乙の関係があり、その立場を踏まえての付き合いになる。しかし、契約関係でなりたっているとはいえ、仕様書通りにスムーズにことが運ぶケースばかりではなく、仕事の途中で、当初の前提条件が変わってくることはよくあり、その度に、顧客と折衝する必要性が出てくる。30代の終わり頃、業界の中で「3奇人」と呼ばれていた顧客と仕事をしたことがあった。なるほど、その名の通り、手強い相手で、初めて打ち合わせに訪れたとき、その人がいるだけで、事務所内がぴりぴり張り詰めていて、まるで、恐怖政治のような雰囲気が漂っていた。予想にたがわず、我々、受注者に対しても大変厳しいものがあり、開口一番「お前ら、これで仕事が終わったと思ったら大間違いだぞ」とどやし付けられ、早くも洗礼を受けたような気分になった。遠隔地だったので、朝一番の飛行機に乗り、朝9時の打ち合わせに臨むのだが、本人が納得しないと帰してもらえず、2泊、3泊になるのがざらであった。他の受注者が空港で網を張られ引き戻されたという話を聞いていたので、運よく帰京の許可が出て羽田行の最終便を待つ間も、何時構内アナウンスがあるかと気が気ではなかった。そのような何時終わるともない際限のない打ち合わせが何回か続くうちに、部下にも疲労感が見え始め、徐々に現地へ行くのを渋るようになっていった。関連した仕事を受注した他社の担当者がノイローゼ気味でぜんぜん顔を出さなくなったとの噂も聞き、何とかプレッシャーだけは肩代わりして、なだめすかして仕事を進めるしか仕方なかった。その人は技術的にも厳しく「一般的」とか「何々先生の見解」というのを極端に嫌い、常に難題に対しても根拠を明らかにすることを要求した。簡単にはOKを出さないので作業は遅々として進まず、どうしたらこの難局を打破できるかほとほと困り果てたが、既に、采(さい)は投げられており、この人と心中するつもりでやらない限り、この仕事は終わらないと覚悟を決めざるを得なかった。最終手段としては、採算度外視で、自分の知己の中から、その人に太刀打ちできる人間を集めるしかないと腹を括(くく)ったが、技術レベルが高く、人との対応が良く、しかも辛抱強いという3拍子そろった人間などそう容易く見つかるわけではない。仕方なく、各人の利点を活かし、欠点を補うように複数の人間でグループを作り対応することにした。そんな状態が3ヵ月位続いた頃、その人も徐々に手ごたえを感じ始めたらしく物事が徐々に決まり始めた。こちらの誠意が何とか伝わったようで、「やっと、この仕事も山場を越えたか」と胸を撫でおろしたのを覚えている。

 顧客との信頼関係を築くことは仕事を円滑に進める上で不可欠なことであるが、人を信じるかどうかは全人格的要素に関わることなので、一朝一夕になしえるものではなく時間を要するものである。顧客側には、住民や第3者と折衝をしながら仕事を進めなくてはならないという、受注者側ではなかなか気づかない悩みがあるものだ。そんな悩みを理解し、親身になって対応するのが、顧客との上手な付き合い方だと感じる。ただし、思いつきやわがままでものを言う横暴な顧客もいるので、そういう場合は、正面から言うと角が立つので、2人の担当者が漫才をやるようにして真意を伝え、控えめなプレッシャーをかけることも時には必要である。いずれにしろ、どんな小さな仕事でも必ず途中で山場があるもので、そのときの対応が、顧客との信頼関係が築けるか否かの分かれ道となるのは確かだ。たとえば、未知のことを互いに極めた瞬間、共通の手強い第3者に協力して立ち向かった瞬間、幾多の苦労の末、所定の成果が得られた瞬間などである。総じていえば、仕事は顧客との共同作品であり、それを通じて信頼関係を得ることが、リピーターとなってもらうための基本事項といえるのではないだろうか。

 協力会社との付き合いも、仕事をする上で、欠くことのできないものである。これまで、様々な分野の協力会社と一緒に仕事をしたが、よくトラブルになりがちなのは仕事の内容と発注金額の兼ね合いに関連したことである。仕事の依頼内容とそれに要する費用は、後でお互い思い違いが生じないように、事前に文書化しておくのが賢明である。顧客に急がれているからと言って、間違っても契約せずに、協力会社に仕事を着手させることは避けるべきである。口約束や貸し借りはしないのが原則で、何事もプロジェクト単位で精算するのが基本といえる。いずれにしろ、協力会社と付き合う際には、赤字にはさせてはいけないが、必要以上に儲けさせないことも大事で、むしろ、途切れることなく、仕事を発注したり、小さい会社ほど資金繰りが大変なので、途中でも分割払いをしたりするなどして便宜を図ってあげることがより重要である。ただし、注意すべきは、たちの悪い協力会社になると、過分の贈答品を送り付けるなどして、取り入ってくることである。わきが甘くならないように、付け込まれないように身を律することも、協力会社と付き合う上で大事である。

 上司も色々で、エネルギッシュだが猪突猛進で回りへの配慮が欠落しがちな野獣派、温厚で思慮深いが決断が遅くなりがちな羊派など、様々なタイプの人に仕えたが、仕える側の身としては、いちいち指示されるよりも、危ないと思ったときだけ示唆を与えてくれ、後は、ある程度、任せてくれる上司の方がやりやすかった。一度、小トラブルになり、顧客のところに上司と一緒に謝罪に行ったことがあった。初め、上司が顧客に事情を説明しているようであったが、やにわに振り返り、いきなりこちらを叱責し、顧客の前で責任を追及し始めた。半ば唖然(あぜん)とした気持ちで神妙にそれを聞きながら、「こういう上司にはなるまい」と心に誓った。窮地に陥ったとき、「それみたことか、俺に恥をかかすつもりか」と言わずに、矢面に立ち障壁となり、部下に対しては後で良きアドバイスをしてくれるのが、頼りがいのある上司であり、この人ならついていこうという気持ちが湧くものである。上司に対して、中には、胡麻をすったり、おべっかを使ったりして、周りから腰巾着と後ろ指をさされる人もいるが、上司とはそういうべたべたした関係ではなく、もっと、メリハリの利いたさっぱりした関係が望ましい気がする。

 部下に対しては、誰しも、上司には良く思われたいと思っているので、えこひいきしていると思われないように、意識的に公平に接する必要がある。仕事の配分はもとより、座る席の順一つでも、部下は相当気にするものである。やはり、部下に精一杯仕事をしてもらうための基本は、仕事のしやすい職場の環境づくりである。健康管理はもちろんのこと、事務処理をできるだけ軽減してあげたり、安心して仕事に没頭できる精神状態を維持してあげたりすることが、非常に大事である。たとえば、「仕事をとるときは『福の神』、困ったときは『魔除け』として俺を使え」と言っておくと、部下は安心して仕事に突っ込み、新たなものにもチャレンジする気持ちにもなるものである。仕事中は、顧客の要望などにより、どうしても残業が多くなる時期があり、徹夜しないと間に合わない時もあるかもしれないが、たまには、何もしなくてよいので、徹夜に付き合ってあげ、同じ時間を共有することも、部下との信頼感を築く上で重要なことのように思う。

 仕事は、1つの部署だけでは手に負えなかったり、現場のある地域に必要とする分野の専門スタッフがいないため、本社からの応援を要したりするなど、他の部署の同僚とプロジェクトチームを造り取り組むケースが多い。そうなると、お互い、気持ちよく仕事をするには、それなりの気配りが大事になる。端的に言えば、役割とそれに応じた受注金額の分担である。大概の組織は、それぞれの部署が利益単位になっているので、当然のことながら、その辺は大変シビアなところである。細かい話になるが、分担金を決める場合、一応、社内ルールはあるものの、見積金額より受注金額が下回るのは当たり前なので、作業の分担項目に関係なく全体的に値引きされたケースなどは、「痛み分け」と称し、損する程度を公平にするという配慮も大事になってくる。社内の他部署の同僚と組んで仕事をして、一度、嫌な思いをすると、二度と組みたくないという思いに陥る。善意の人ばかりではなく、中には、自分だけ得しようと思っていたり、1回ぽっきりの付き合いでよいと思っていたりする不届(ふとど)きな族(やから)も時折見かける。もし、そういう目にあったら、アメリカの政治学者アクセルロッドの唱える「しっぺがえし戦略」を使うのもひとつの手であるように思う。ゲーム理論の中に「囚人のジレンマ」というものがある。これは、2人の囚人の「協調」と「裏切り」をテーマとしたもので、結局、懲役を免れるために、それぞれが個人の利益を追求して裏切った結果、2人とも最も長い懲役になるという最悪の結果を招くというものである。アクセルロッドは、これを無制限に繰り返した場合にどうなるかということで社会実験を行い、結論とし「最初は協調するが、もし裏切られたら一度は制裁を行い、相手が改まれば再び協調するし、改まらなければ制裁を続ける」という「しっぺ返し戦略」が、人とうまく付き合う上で科学的に導かれる最適解としている。この考え方が、同僚とチームを組んで仕事をする際、そのまま当てはまるかどうかはわからないが、一理あるように思う。黙って泣き寝入りしたままでは、相手はつけあがるばかりなので、1回は「しっぺ返し」をして、それ以上は、根に持たないのが、同僚とのほどよいつきあい方のように感じる。

 ビジネスの基本はgive and take(ギブ アンド テイク)であり、人との付き合いも是々非々で行うのが合理的かもしれない。しかし、仕事は予定調和なものばかりではなく、途中、先がわからない物事に1つや2つ遭遇するのがつきものである。そういうときに、歩を前に進めることはリスクを背負い込むので、誰しも不安になるものである。その不安を乗り越えるには、仕事を一緒にする仲間相互の信頼感が不可欠である。そして、信頼感を勝ち取るには、付き合う上での多少のテクニックや工夫は必要かも知れないが、根本的には、互いが虚心坦懐(きょしんたんかい)になって誠実に接することに尽きるのではないかと思う。


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※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇―働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意―ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ―父からの伝言―』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』など。