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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

57.心に沁みるあの言葉-その11- 「理想だけでは長続きしない。もっと現実的に考えよ」(養護施設職員)


 長い人生の間には、いくつかの岐路と呼べる分かれ道がある。振り返れば、あたかも予(あらかじ)め一本道で決められた人生のように思うが、けしてそうではなく、その都度その都度、進むべき方向を選択した結果が、今となっているのが現実である。岐路に立ったとき、人間は大いに悩む。どの方向に進むべきか逡巡する。そんな決断を迫られたとき、方向性を決める上で力になった言葉がある。

 若い頃は、誰しも理想に燃えている。しかし、世の中はそう甘くはなく、理想を突き通そうとすると、障壁にぶつかるものである。自分の場合も、教師の子供に生まれたせいか、かくあるべき論を好む傾向があり、高邁(こうまい)なことを声高に唱えがちであった。その結果、若気の至りというか、人に言われて初めてふと我に返り、現実に目を向けるようになったという経験をいくつかしたことがあった。

 大学生の頃、工学部で土木を学んでいたわけであるが、小田実など新左翼と呼ばれていた人たちの書物を読むうちに、「技術は本当に人を幸せにできるのか、結局、技術者は資本主義社会において体制に奉仕する手先に過ぎないのではないか」という、土木に限らず技術全般に対しての懐疑的な思いが頭の中を駆け巡るようになっていた。将来の進むべき道として、いっそ、技術の道は諦め、これまで小学校からボーイスカウト活動を実践してきており指導者としての経験もあるのだから、福祉の分野へ進むべきでないかと考え、伝手(つて)を頼って養護施設を訪ねてみたりしたことがあった。しかし、いざ行ってみると、実際の福祉の仕事は想像していたよりも地味で忍耐力のいる単調な仕事で、逆に、施設の職員の人から「理想だけでは長続きしない。もっと現実的になって考え直しては」と諭(さと)される始末であった。その人の言葉を聞き、眼から鱗(うろこ)で、自分の置かれている現実に気がつき、もう一度振出しに戻って、自分の進むべき方向を、現実的に考えてみようという気になった。

 理想主義者は、とかく現実に目をつむる傾向があり、理想自体が、現状認識の甘さから来ていることに気づかないものである。それからしばらくの間、理想と現実の間で、どうしたものか思いあぐねていた頃、青年海外協力隊の機関誌の中の広告欄に、開発途上国を対象にした技術援助を主たる事業とする建設系のコンサルタント会社があることを知った。この会社に入れば、自らの持っている技術を活かして、恵まれない人々の生活を改善する仕事に従事することができると思った。その会社で実務経験を重ねれば、途上国で自分の土木技術を活かして、現地に役立つ建造物を造ることができそうに思えた。しかも、その会社の海外での初めての仕事が、ビルマ(現ミャンマー)の発電所建設であり、中学時代に読んで感動した『ビルマの竪琴』と同国であったことで、何か縁のようなものを感じ、その会社を受けてみることにした。その結果、運よく合格することができ、結局、定年を迎えるまで、その会社で仕事をすることになった。

 理想を持つのは良いことであるが、威勢が良いだけでは始まらない。何事も実現させるには、やはり、良識と知恵というものも必要となる。誰しも、理想ばかり追っていると息が詰まってしまい、人間臭さがない味気ない人間になりかねないものである。人間の弱さも認めた上で、あくまで、理想は捨てないが、現実も直視し、実現可能な道を模索する態度が、人生においては大事であるように思う。



風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※社史を作っていると、「良い会社」とはどういう会社かということが見えてきます。このエッセイが語るように、社員が持っている「理想」に「現実」を近づけてくれるのが良い会社だということが分かってきます。また、そういう観点から社史づくりをすることの大切さも分かってきます。社史づくりを成功させるための最重要条件と言っても過言ではありません。】