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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

64.心に沁みるあの言葉-その18- 「現象(実際)が真実、理論は後からついて来る」(卒業研究の指導教官)



小中高校時代の数学の授業では、はなから公式を教えられた。生徒は、何の疑いもなく、それを鵜呑みにして覚える。そういう教育の基に育つと、何事も予(あらかじ)め用意されたセオリーがあり、世の中はそのセオリー通りに動くもので、そこから外れることに出くわすと、違和感を覚え、拒否反応を示すようになってくるものである。大学に入学し4年間は、それまでと同じような教育を受けていたが、5年目(1年留年)に携わった卒業研究は、少々、趣を異にする内容であった。

卒業研究は、丁度、学園紛争で東大の入試がなかった年に当たり東大に4回生がいなかったので、1年間、東大の鋼構造研究室に通い、実験の助手みたいことをやった。研究内容は、当時、まだ、建設されていなかった本州四国連絡橋のトラス構造(三角形を組み合わせたような形)の接合部(ガセット部)の模型実験であった。毎日、予め、模型の鋼材にゲージを貼って、ジャッキで力を加えて、そのときの発生応力を見るものであった。橋梁の設計は、当然、理論があり、それに基づいて行われ、構造部材の大きさや厚みを決める。従って、わざわざ、模型実験をやる必要もないように思えるが、本州四国連絡橋のような長大構造物になると、果たして、実際の動きが理論どおりであるか分からないので、それを検証するために行うものであった。

「理論(理論値)と実際(実験値)、どちらが優先」と、よく、指導教官から問いただされた。それまで教えられた教育に基づけば、実験値は理論値と同じになるはずで、もし、実験値が理論値と違うならば、実験値の方が計測ミスか何かで違っているのではないかと、答えたくなる。しかし、その指導教官は「履き違えてはいけない。理論が先にあるわけでなく、実際(現象)が真実であり優先されるべきで、理論はそれを説明するために後からついてくるものである。もっと現実に目を向けよ。もし、実験値が理論値と違っていれば、それを解釈でき包含できる理論を編み出すべきである」と、ことあるごとに、くどいほど説明を受け、同意を求められたのを憶えている。

大学5年目にそういう教育を受けたせいか、就職してからも、通常の公式に沿った設計では飽きたらずに、実験をやり何か新たな真実を見つけだすのが好きになり、その結果、研究的色彩の強い仕事に携わることが多かったような気がする。人はとかく、何事も理屈が先にあるように思いがちである。そこから、外れる事象に遭遇すると、易きに流れるのか、はたまた、焦りのせいか、それを除外(オミット)したくなるのが人情である。著しい場合は、実際(現象)を改ざんしたり、事実を歪曲したりする人まで出てくる。

何事も、弁証法の原理にのっとり、当初、正しいと思った論理(正)はあるが、それに反する事象(反)が発生したら、その事象も含めて解釈できる新たな論理(合)を考え出すのが正しい思考形態で、そうすることにより、科学も進歩してきたように思う。このことは、何も自然科学だけでなく、世の中のあらゆる社会現象に関してもいえることである。何事も、予測をすることは大事だが、それと違った事実に遭遇したときは、それを拒絶せずに、それをも包含できる理屈や解決策を考え出すことが正当な思考方法であるように思う。





風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、今は資本金がゼロでも「株式会社」と名乗って起業できるようになりましたから、自分の目算は正しいはずと考えて多くの会社が設立され、その大部分が倒産や廃業する「多産多死」状況になりました。自己過信から簡単に株式会社を設立し、当たらなければやめるだけというのでは準備や覚悟だけでなく、創業の情熱すら稀薄という、企業社会の質の低下が起こります。生き残ってきた会社はどういうハードルをどう乗り越えたかを記す「社史」の役割はさらに大きいものになると思われます。】