自費出版-社史・記念誌、個人出版の牧歌舎

HOME > 社史編纂・記念誌制作 > 風間草祐エッセイ集 > 66.心に沁みるあの言葉-その20- 

社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

67.心に沁みるあの言葉-その21- 「フェアであること」(会社上司)



 会社でも家庭でも、生きていく上で最も悩むのは人間関係ではないだろうか。いかに長年のつきあいであっても、些細なことで、人間関係が崩れることはよくあることである。それまで親しくしていた人が、お互いのちょっとした思い違いから、突然、自分のもとから去っていくということも、無きにしも非ずである。そんなとき、人は人間不信に陥り、人をどう信用したらよいか、人とどう付き合ったらよいかが分からなくなる。人間に対する不信感が頭の中をうず巻く。そうならないために、人間関係で迷ったとき、示唆を与えてくれる言葉がある。

 何を持って人を信用するか、人間同士の信頼は何によって築かれるのかということは、永遠のテーマの一つである。身近な問題として、仕事をする上での顧客との関係、社内における上司や部下との関係、協力会社との関係において、相手のことを信用してよいのか、言っていることを鵜呑みにしてよいのかどうか迷うことは往々にしてあるものである。人によって、その判断基準は色々であるが、「ビジネスの世界は騙(だま)すか騙されるかだ」あるいは「全てgive and takeである」と割り切っている人もいるのではないだろうか。特に、意見が対立していて、どちらかを選択しなければならない場合など、どちらに賛同すべきなのか、何を持って判断すればよいのか迷う場面に出くわすことは少なくない。そういうとき「それは、どちらの人がフェアであるかで判断すればよい」と言い切る上司がいた。「要はその人の振る舞いがフェアであるかどうかが一番信用できるかどうかの判断基準となる」と、その人はことあるごとに主張していた。その人とは、初めその人が国内部門の長であったとき1年間そのスタッフとして共に仕事をしたが、以来、部署は変わったが延べ2~3年部下として仕えた。

 その人は、韓国、インドネシア、スリランカ、ヨルダン、ケニアに駐在するなど海外現場が長かった。そんな経験から、肌の色が変わっても、国や人種が違っても、誠意があれば人は分かり合えるという実感を得たようであった。国内育ちの自分としては、やはり語学力がものをいうのではないかと思っていたが、誠意さえあれば、言葉は二の次で良いとも言っていた。勤めていた会社の社是に、「誠意を持ってことにあたれば必ず道は拓(ひら)ける」といった趣旨のものがあり、それを意気に感じて入社したらしく、その精神を入社当初から継続して心に秘めていたようであった。実際、顧客との折り合いも良く、社内でも人望があった。

 しかし、現場を離れて経営の立場になってから、社内の権力闘争に巻き込まれるようになり、取締役会の席上、失脚が濃厚であった社長に、かつて海外現場で世話になったという理由で一票を投じ、負けを承知で義を通した結果、次の経営トップになった人に睨(にら)まれ、将来の社長候補と言われていたが、結局、専務とまりで会社を去ることになった。損得勘定で言えば損をしたということになるが、そう行動することがその人の信念に沿ったものであり、本人にとっては正しい態度だったのだろうと思う。

 その人は、退職後も、気の合う仲間を集めて、勉強会と称して、経営の討論会をよくやった。現役時代の体験を踏まえ、異文化交流、プロジェクト運営や企業経営のリスク管理などに関して持論を展開していた。読書家で何でも論理的に理詰めで物事を考える傾向があった。そのせいかMBAかぶれと揶揄(やゆ)されることもあった。その勉強会は数年続いたが、その後、自分も退職し疎遠になっている間に、その人が病を患い急逝したことを人づてに知らされた。今となっては、もう議論を戦わすことは叶わなくなってしまったが、今も、諸々のことで見解の相違や意見が対立し、自分は何を信用すべきか迷ったときには、「フェアであることが人の心を打ち、信頼に繋がる」と熱く語っていたその人の言葉を思い起こし、誠実なのはどちらなのかを、改めて自らに問い直すように心掛けている。



風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、今は資本金がゼロでも「株式会社」と名乗って起業できるようになりましたから、自分の目算は正しいはずと考えて多くの会社が設立され、その大部分が倒産や廃業する「多産多死」状況になりました。自己過信から簡単に株式会社を設立し、当たらなければやめるだけというのでは準備や覚悟だけでなく、創業の情熱すら稀薄という、企業社会の質の低下が起こります。生き残ってきた会社はどういうハードルをどう乗り越えたかを記す「社史」の役割はさらに大きいものになると思われます。】