更新日 2025年12月10日
これは、幼少期から苦労を重ね、独学で作家の道を切り開いたという明治の文豪吉川英治の残した言葉である。そもそもは、シェイクスピアの戯曲「マクベス」の台詞「it’s always darkest before the dawn(夜明け前が一番暗い)」に由来するといわれている。その意味するところは、どんな困難な状態でも、いつかは必ず終わりがあるということである。誰しも、これまでの人生の中で、程度の差こそあれ、出口の見えない長いトンネルに迷い込んでしまったような経験を、一度や二度はしているのではないだろうか。自分では気づかないうちに、いつの間にか、にっちもさっちもいかない八方ふさがりの状態に陥ると、まさに「お先真っ暗」ということになる。このような状態がいつまで続くのか、後悔の念が頭の中を駆け巡るだけで、自分の不幸を嘆き絶望的になる。そうなると心の内は、憂鬱であること極まりない精神状態といえる。誰に相談したらよいかも分からず、一人悩み落ち込む日々がこれからも永久に続くのであろうか、もうどうあがいても、このどん底から抜け出せない気がしてくる。
自分もこれまでのサラリーマン生活の中で、幾度か、そんな精神状態に陥ったことがあった。手強い顧客に遭遇し、その人のいつ終わるともない際限のない要求に応えるために辟易となり、「一体、この仕事はいつ終わるか」が見通せず途方にくれたとき、管理職になった途端に、前任者から引き継がれた仕事が自然災害による人身事故に伴い業務上過失致死を疑われ、その対応に奔走したとき、不摂生がたたり急性肺炎を患い思いがけず生死の間を彷徨ったとき、転勤に伴い仕事の内容と生活が一変し体調を崩しかけたときなどである。そんなときは、いつも寝付かれず、暗闇の中で悶々として夜を過ごし、朝を迎えることも少なくなかった。やがて、徐々に辺りが白み始め、太陽が昇り、日が部屋に差し込み出すと、充分眠れなかったという後悔もあったが、その一方で、堂々巡りの妄想から現実に戻れたことが確認でき、救われた気持ちになった。「これから、まだ紆余曲折があるかもしれないが、いずれにしろ、この窮状が未来永劫続くはずはなく、いつか終焉を迎えるはずだ」と思えてきて、心を落ち着かせ、心を奮い立たせることができたのを憶えている。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、今は資本金がゼロでも「株式会社」と名乗って起業できるようになりましたから、自分の目算は正しいはずと考えて多くの会社が設立され、その大部分が倒産や廃業する「多産多死」状況になりました。自己過信から簡単に株式会社を設立し、当たらなければやめるだけというのでは準備や覚悟だけでなく、創業の情熱すら稀薄という、企業社会の質の低下が起こります。生き残ってきた会社はどういうハードルをどう乗り越えたかを記す「社史」の役割はさらに大きいものになると思われます。】