更新日 2026年1月21日
「時間を味方にする」という言葉は、色々な意味で使われている。ビジネスにおいて、何かを成し遂げるために、如何に時間を有効に使うかといった、スケジューリングを立てる際の時間の効率的な使い方を促すために引用される場合もある。しかし、この言葉は、心身ともに消耗したときに、元気を取り戻す上で、「時を待つ」ことの重要性を示す言葉としての意義が大きい。
臨床心理学者でカウンセラーでもあった井上敏明は、その著書『心の拠り所の求め方・探し方』の中で、「時が人を癒す、待つべき時は待たねばならない。その時を無視すると焦りや怒り、不満や絶望が心を駆け巡ることになってしまう。時を自分の味方にする人は、生きてゆくのに余計なストレスを背負わないですむ」と、時を待つことの重要性を説いている。誰しも、最愛の人を失ったときなどは、起こってしまったことは元に戻らない以上、どうしようもないわけで、後は、自分が内面的に心の整理をつけるしかない状況に追い込まれる。そんなとき、幸いにして、太宰治が「忘却は人間の救いである」と言ったように、人間には忘却という能力が備わっていることにより、救われているということは否めない気がする。
自分の場合も、「時間を味方にする」ことの大切さを感じた経験がある。一つは30代の半ば過ぎに不摂生が祟(たた)り急性肺炎になったときである。罹患するのは急激であったが、健康な身体に戻すのには半年以上かかった。その間、仕事上後れを取るのではないかと気ばかり焦っていたが、痛手を負った以上、養生するしか仕方がない。まさに、病は「薄紙を剥ぐようにして、治っていくもの」ということを痛感した体験であった。
もう一つは、40代の後半、転勤に伴い仕事の内容と生活環境が一変したときである。管理職者として部下を指導しなければならない立場でありながら、それまで蓄えた知識と経験の延長線上では対応が難しい。そうなると、それまで自信たっぷりだったはずなのに、打って変わって自信喪失気味の状況となってしまった。生活環境も、結婚以来20年間、仕事で疲れていても家に帰れば家族がいて仕事を離れ気分転換ができた生活に慣れ切っていたため、突如、炊事、洗濯、掃除などの家事一切を自分でしなければならなくなり、一人暮らしのペースになかなか馴染めなかった。そんな状態で、会社と住まいを往復しているうちに、仕事上のストレスと睡眠不足で体調を崩し、次第に元気がなくなり、意気消沈する毎日を送るようになっていった。
この時期、何とかそのような状態から脱しようと、処方箋を探すようにいくつかの本を読み漁った。その中から「時間を味方にする」ことの重要性を見つけ、「確かに強烈な記憶ほど完全に忘れることは難しいが、新しい記憶を上塗りすることにより薄れていくもので、焦らずに良かれと思う事をできる範囲でやれば、後は、時間が解決してくれる」ということを学び、それを実践する中で窮地を脱することができたと今にして思う。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、今は資本金がゼロでも「株式会社」と名乗って起業できるようになりましたから、自分の目算は正しいはずと考えて多くの会社が設立され、その大部分が倒産や廃業する「多産多死」状況になりました。自己過信から簡単に株式会社を設立し、当たらなければやめるだけというのでは準備や覚悟だけでなく、創業の情熱すら稀薄という、企業社会の質の低下が起こります。生き残ってきた会社はどういうハードルをどう乗り越えたかを記す「社史」の役割はさらに大きいものになると思われます。】