更新日 2026年3月24日
この言葉の根源は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの考え方「結合に由来する誤謬」に遡(さかのぼ)ると言われている。そして、この言葉を広めたのはアメリカのケインズ学派の経済学者サムエルソンで、貯蓄を例に挙げ、一人ひとりが節約し貯蓄をするのは良いことであるが、皆が貯蓄することに走ると、経済が回らなくなると述べている。つまり、ミクロでは合理的だが、それらを集計してみるとマクロでは非合理的になることを示して、この言葉を説明している。
自分がこの言葉を初めて耳にしたのは、40代の後半、当時、社全体の会計責任者みたいな任を務めていた大手銀行出身の上司からであった。企業ではどこでも、年度初めに、その年の事業計画を策定することになっている。その上司も会計責任者として、各部門から上がってきた計画を集計し会社全体の事業計画を策定するわけであるが、その際、過不足がないものにするために、各部門の長に対して通達を出す際に口頭で申し添えた言葉であった。そのときは、自分とっては聞きなれない言葉で、技術屋的に解釈すれば、たとえば、地域開発のような仕事で、ゴルフ場建設のため小高い山の一つの斜面の木々を伐採した場合を想定すると、初めは地域おこしにつながり歓迎されたものの、成功したのを良いことに山の東西南北のいくつもの斜面を造成しゴルフ場を作ったために、それまで森林により洪水が免れていたのが、大災害を引き起こすことになってしまったというようなケースを言うのかなと考えていた。
50代の始めになり、国内部門の事業計画をまとめたり、全社の研究開発投資計画をまとめたりする立場になって、その言葉の意味するところを身をもって知ることとなった。事業計画を策定するにあたり、各部署が提出してきた受注計画を足し合わせてみると、各部門が達成未達とならないように、精一杯の努力目標を掲げるのをやめ目標値(ハードル)を下げるため、部門全体を運営するために必要な受注目標に至らなかったり、提出された必要予算を集計すると、リスクが重複されとても賄いきれないような莫大な経費が積み上がってしまったりするのである。各部署だけを見れば、最適になっている(部分最適)ように見えても、総合的に見ると、全体として最適(全体最適)にはなっていないのである。研究開発計画の場合も、研究テーマの一つ一つは理にかなっていたが、全部の研究テーマの研究開発費を集計すると、莫大な研究開発予算を必要とすることになってしまう。
このような計画立案における合成の誤謬が生じる原因は、誰しもリスクを取りたがらないため、自分だけのことを考え余裕を見過ぎる傾向があり、それが重なり(ダブルカウントされ)、全体として過不足が生じているのである。このような事態を回避するには、大所高所に立って、大局観を持って、ミクロだけでなくマクロな視点で全体を俯瞰(ふかん)し、ポートフォリオを考慮して、経営資源(人、物、金)を配分する必要がある。経営資源が無限にあるわけではない以上、濃淡をつけ、タイミングを図って、効率よく投入する必要が出てくる。事業や分野、研究テーマなどの選択と集中の過程で、場合によっては、組織内のリソースが限られている以上、比較優位の観点から、一部を外部に委託した方が得策のケースも出てくるかもしれない。これらの方策を実際に実行するとなると、それぞれの部署や分野、研究グループがそれぞれ利益単位となっていることが多いため、双方でWIN(ウィン) WIN(ウィン)の関係になることは少なく、利益相反になる場合が多いので、決まって組織間で摩擦が生じることになる。これを避けるには、まずは計画の作成プロセスをオープンにして相互理解を促すとともに、公平性のある客観的なルール(なるべく計測可能な定量的なもの)を予め策定しておくことが、納得性のある計画を立案するために必要であるように思う。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」や「記念誌」に関して言えば、内容の独自性や面白さはあったほうがいいが、それよりもむしろ業界内や学会内での体面や権威性を維持することを前提条件とする企業や団体は少なくない。制作会社としては、それはそれとして認めたうえで、なおかつ、そこからいくらか外れようとも、「こういう企画にした方がいいと思います」と提言することを怠ってはならない。】