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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

84.合点のいったあの言葉-その3- 「論語とそろばん」(渋沢栄一)

更新日 2026年3月24日


 この言葉は昔から知っていたが、「世の中、理論だけではなく、金勘定ができなければ、物事は実現しない」といった通り一遍の理解しかなかった。その意味するところに、なるほどと合点がいったのは、サラリーマン人生中盤にきて、諸々の計画や問題が起こった場合の対応策を提案し、実行しなければならない立場になってからであった。

 40代の後半、全社の人材育成の仕事に携わるようになり、本業としてのコンサルタントエンジニアとして期待される人物像や具備すべき能力などを整理分析し、それらを獲得するための研修計画を作成し、全社の会議で披露したことがあった。自分としては、難なく誰からも賛同が得られるかと思っていたが、あにはからんや、事務系部門(人事総務)から冷ややかな反応が表明された。反対意見は、総じていえば「会社は学校ではないのだから、そこまで人材育成に投資する必要があるのか、会社で手取り足取りの教育が必要なのか、社会人なのだから、自分の能力を磨くのは、もはや自己責任ではないか」というものであった。これまで事務部門でも、新入社員研修や新規の課長や部長などに対して職制研修なども実施していたので、なぜ反対するのかと思ったが、うがった見方をすれば、研修の対象が技術者だけだったこと、研修内容が「能力や資質」といった、重要だけれどこれまで事務部門が手を付けていなかった内容だったので、お株を奪われたという妬(ねた)みもあったのかもしれない。反対派の中には、自分としては通常の業務において、十分一人前の金儲けはしていると自負していたが、「あいつは、理想を唱えるだけで、金勘定のできない先生だから」と揶揄してレッテルを貼りたがる人もいたようであった。ことほど左様に、企業は営利団体である以上、金銭的裏付けがないと、理路整然と説明しても、机上の空論と見なされ相手にされないということと、社内では財布を握っている者ががぜん強いということを思い知った一幕であった。

 結局、この提案した研修案は、何回か議論を交わすうちに、社内上層部の中に後押ししてくれる人も出て来て、何とかスタートを切ることができた。開始当初は、お手並み拝見といったところであったが、その後、何年か続けるうちに、研修の意義や成果も理解され、徐々に軌道に乗り、現在は事務系社員も含めた全社員を対象にした社の基幹の人材育成策として定着しているようである。

 「人はパンのみにて生きるものにあらず」という言葉がある。人は、食物をとり、物理的に生命を維持するだけでなく、何か精神的支えとなるようなものがないと生きていけないという意味である。しかし、確かに、高邁(こうまい)な理想を持ち、希望を抱くことは大切だが、かといって、頭で考えているだけでは、何事も一歩たりとも進まないのも事実である。堅苦しく言えば、斯(か)くあるべしと思っても、それはあくまで形而上のことであって、それを実現するには、形而下にブレークダウンし具体的な行動に落とし込む必要が出てくる。現実世界において、パンに相当するのはさしずめお金である。サラリーマンにとっては、何をするにも、まさに、渋沢栄一のいう「論語とそろばん」の両面の視点を持つことが重要で、両者があって初めて、人から賛同を得ることができ、物事を実現させていくことができる。計算高いだけで理想がない人には誰もついてこないし、理想がなければ皆で目標に向かってベクトルを合わせることもない。しかし理想を現実化する方法論(金)がないと、物事始まらず継続性も担保されない。理想主義と現実主義のどちらもないと物事は成立しないのである。

 本来なら、この両面を兼ね備えているのがベストであるが、人には得手不得手があり、それはなかなか難しいもので、どちらかに偏るのは仕方ないことである。従って、理想を持ちそれを唱える人と、それを実現するための金勘定のできる金庫番の人がいて、二人のコンビネーションで事を運ぶのが現実的であるように思う。ただし、ここで大事なことは、互いに自分の強みと弱みを自覚し、自分の弱みをカバーしてくれる人に対してレスペクトすることを忘れないことである。その相手には一目置き、その人の意見を尊重することである。かといって人任せにするのではなく、不得手なことも理解する努力は怠らないことはいうまでもない。


風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」や「記念誌」に関して言えば、内容の独自性や面白さはあったほうがいいが、それよりもむしろ業界内や学会内での体面や権威性を維持することを前提条件とする企業や団体は少なくない。制作会社としては、それはそれとして認めたうえで、なおかつ、そこからいくらか外れようとも、「こういう企画にした方がいいと思います」と提言することを怠ってはならない。】