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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

85.合点のいったあの言葉-その4- 「セレンディピティ」(ウォルポール)

更新日 2026年3月24日


 20代の始めに入社してから40代の終わり頃までは、何回か転勤はあったが、一貫して技術者として、半ばがむしゃらに現場で仕事をしてきた。そして、50代に入ってからは、現業を離れ技術を指導・管理する立場になり、研究開発、人材育成、品質管理などを担当するようになった。特に、人材育成に関しては、全社の基本的な方針を立案したり、具体的な育成策を考案し実施することに関わるようになった。ところが、いざ本格的に人材育成に取り組むといっても、それまでは部下の指導をしたくらいで、人事部門に所属したこともなく、人材育成に関しては門外漢で、どのように取り組めばよいか皆目見当がつかず、やむなく、関連する書籍を片端から読み漁ることにした。その中で、出合ったのが「セレンディピティ」という言葉である。この言葉は、心理学の用語で、スリランカの王子が探し物をしていて、目的物とは違った思わぬ「掘り出し物」を見つけたという逸話に基づくものであり、何かを捜し求めているときに、予想しなかった価値あるものを発見することをいうことを初めて知った。語源としては、サンスクリッド語のライオン、澄んだ空、高貴な言葉を意味するセレン(seren)と、覗き見るを意味するディップ(dip)を組み合わせ、名詞にするために末尾にティ(ty )を付け加えたもので、イギリスの作家ウォルポールが、物語に登場する王子たちの能力を指す言葉として作った造語とのことである。よくこの言葉を説明する自然科学分野の事例として、古くは、アルキメデスが風呂に入って浮力の大きさを表すアルキメデスの定理を突き止めたこと、ニュートンがりんごの落ちるのを見て万有引力の法則を発見したことが挙げられる。昨今では、何人かのノーベル賞受賞者が自らの発明・発見に至るエピソードの中で紹介している。自分が読んだ本の中でも、人材育成の専門家の高橋俊介や金井壽宏、医者でエッセイストの日野原重明、脳科学者の茂木健一郎の著作にも人の成長には欠かせないものとして引用している。

 それらの書籍を読むうちに、果たして自分の場合はどうであったか、同じような経験があったかが気がかりになり、自分のこれまでの技術者として辿った道のりをトレースしてみることにした。すると、いくつかの思い当たる節があり、なるほどと合点が行く出来事も確かにあったことが思い出された。自分にとっての「掘り出し物」とは何かを改めて考えると、30代の前半、資格試験の勉強で図書館通いをしていた頃、勉強の合間に一息入れようと書棚を見て回るうちに、興味深い本が目に留まり、そこから仕事に役立つ有益な情報が得られたり、何日も解決策が見つからず悩んでいるうちに、朝目を覚ますと、夢うつつの中で、思わぬ良いアイデアを思いついたりすることも何度かあった。しかし、これまでの人生の折節を思い起こすと、自分にとっての「掘り出し物」とは思いがけずに出会った人たちではないかと思う。入社5年目に新設部署に転属となり、そこで専門性に優れかつ手厳しい指導をする上司の直属の部下となり、特訓を受け鍛え上げられたこと、それまで経験したことのない新規分野に無謀にも挑戦する中で、技術者人生の恩人ともいえる顧客に出会い、結局、定年退職までお世話になったこと、仕事の成果をまとめ思い切って海外の学会に論文発表に行った際、偶然、同窓の先輩と同行することになり、その人のおかげで工学博士までたどりつけたことなど、セレンディピティのなせる業と思しきことは数えればきりがない。総じていえることは、未知のものにチャレンジした結果、新たな人と出合い、その人のおかげで視野が広がり、新たな展開に繋がったということである。

 セレンディピティの到来を期待する上で大事なことは、まず、リスクを恐れずチャレンジすること、次に、その場ですぐに解決できないことでも、諦めずに、疑問は疑問として未解決のままでよいから頭の片隅に置いて忘れないこと、そして、何よりも、置かれた状況はどうあれ、何事にも素直に真摯な態度で取り組むことで、それが人の共感を呼び、次のステップに繋がるということではないかと思う。パスツールの言葉に 「Chance favors the prepared mind(発見のチャンスは準備ができた者だけに微笑む)」という名言がある。自らの経験に照らして、当を得た言葉であると思う。サラリーマン人生は山あり谷ありで、何らかの目標を立て、チャレンジし、立ちふさがる障壁を乗り越えることにより、新たな何かを発見し、そういうサイクルを何回も繰り返しながら、スパイラル上に成長して行くのではないだろうか。人はチャレンジすることにより、予定調和でない意外性に遭遇したとき、思わぬ感動に満たされるものである。思えば、世の中は、ランダムでも、規則的でもない中間的な偶有性(Contingency)に満ちたものであり、次の瞬間に何が起こるかわからないというのが真実である。そのような不確実性に適応できるように、学び、そして進化してきたのが人間の脳なのだから、未知の領域にチャレンジすること、即ち、偶有性の海に飛び込むことは脳に本来の学習環境を与えることに等しく、年齢を問わず、幾つになっても、脳の活性化にかなった行為といえるのではないだろうか。


風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」や「記念誌」に関して言えば、内容の独自性や面白さはあったほうがいいが、それよりもむしろ業界内や学会内での体面や権威性を維持することを前提条件とする企業や団体は少なくない。制作会社としては、それはそれとして認めたうえで、なおかつ、そこからいくらか外れようとも、「こういう企画にした方がいいと思います」と提言することを怠ってはならない。】