更新日 2026年3月24日
世の中のどんな集団でも、目的にそって活動しそれを継続していく上で、人間関係が要であることには変わりはない。だから、望むべくは、常に良好な人間関係を築きそれを維持するべきであるが、残念ながら、世の中は善意の人ばかりではなく、所謂「自己中」の人も少なからずいるので、ちょっとしたことでトラブルになり、人間関係が崩れるということは往々にしてあるものである。そういう人に対しては、いい気になり、つけあがらないように、時には、言いなりにならず、反旗を翻すことも大事になってくる。また、「無償の愛は」は親子のような限られた人間同士にしか成り立たないものである以上、お互い過度に頼り過ぎたり、過度にもたれ合ったりしないことも肝要である。それには、時には、情に流されずに、透徹した眼で判断し、相手との関係を割り切って考える必要性も出てくる。人付き合いは、あくまで、個人として自立していることが前提となる。いずれにしろ、良好な人間関係を築き維持するには、それなりのノウハウがあるので、これまでの経験を踏まえ、合点のいった心しておくべきいくつかの言葉を抽出してみることにした。
「昨日の敵は今日の友」という言葉はよく使われ、敵対関係にあった者が、共通の敵を見出すなど状況が変わって味方になるという意味で、中国の春秋時代の故事「呉越同舟」(敵対していた呉と越が同じ船に乗り合わせ、沈没しそうになったとき、助けあう)に由来すると言われている。一方、冒頭の「昨日の友は今日の敵」は、その反対の友であった者が敵に回ることを意味し、現役時代を振り返ると、この言葉の方が思い当たることも多く、実感として残っている気がする。
同期の仲間が、若いうちは互いに和気藹々(あいあい)として困ったときには助け合っていたが、課長、部長、本部長と上に上がるに従い、徐々に選抜されていくと、勝負事と同様に競争相手として意識し敵対視するようになる。可愛がっていた後輩に、自分が長年かけて体得したノウハウを伝授したら、いつの間にか、その後輩がライバルになり、自分より上のポジションになると、立場が変われば変わるもので、手のひらを返したように、上から目線で自分に接するようになる。同様に、社としても、新入社員のときから教育を施し手塩にかけて育てた社員が一人前になったと思ったら急に退社し、油断も隙もないもので、こともあろうに競合会社に転職してしまう。現実に目撃した話しであるが、次期社長を多数決で選ぶ取締役会で、現社長としては事前に星勘定をして勝利を確信して臨んだわけであったが、蓋を開けてみると、1票差の番狂わせで、社長交代になったことがあった。後でわかったことであるが、前日、反対派が、現社長が目をかけていたもののどちらにつくか色がついていないと思われた若手の取締役に密かに電話をかけた際、その人は「現社長からは何も誘いがなかった」という理由で、反対派に票を投じたことが、そのような結果をもたらした真相のようであった。現社長としては、「ブルータスお前もか」という心境になったことは想像に難くない。
ことほど左様に、長いサラリーマン生活の中で、裏切りともとれる事象に出くわすことは少なくなく、サラリーマンにとっては付きもので、宿命ともいえるような気がする。しかし、できうるならば、そういう逆恨みしたくなるようなことは、人間不信を招き精神的にも消耗するので最小限にとどめたいものである。そのための心得としては、自分が蓄積したノウハウ、手の内を伝える場合でも本当のオリジナル部分は出し切らずに最後までとっておくこと、同僚とは常日頃から必要以上にべったりせず一定の距離を保ち過度な期待をしないこと、判断を迫られた事象に対しては、あくまでフェアをモットーとして合理的に考え是々非々で対応することなどが挙げられる。そのように振る舞うことが、人と付き合う上で必要以上にストレスをためない知恵なのではないだろうかと思う。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」や「記念誌」に関して言えば、内容の独自性や面白さはあったほうがいいが、それよりもむしろ業界内や学会内での体面や権威性を維持することを前提条件とする企業や団体は少なくない。制作会社としては、それはそれとして認めたうえで、なおかつ、そこからいくらか外れようとも、「こういう企画にした方がいいと思います」と提言することを怠ってはならない。】