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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集

89.合点のいったあの言葉-その8- 「Give and take」(会社同僚)

更新日 2026年5月8日


 サラリーマン生活において、give(ギブ) and(アンド) take(テイク)を感じる場面は少なくない。一番わかりやすい例としては、日常業務において、仕事を取る段階で行われる接待というものが挙げられる。これは業界によっては一種の商習慣になっているきらいがあるが、何かをお願いするためあるいは何らかの見返りを期待して行うものである。ただし、度が過ぎると贈収賄の温床になりかねないので、あくまでも法の許す、良識の範囲でということになる。

 仕事をこなす段階を考えてみても、仕事の種類はどうあれ、サラリーマンとして労務を提供し報酬を得ているわけだから、これもgive and takeと言えなくもない。人事の面でも、部署間で要員のトレードを行う場合を想定すると、誰かを出すときは、交換条件として、分野や業種、年恰好などを考慮し、遜色ない人を交代要員として要望するものである。昇級や昇格に関しても、地方へ転勤する代わりに1ランク上に昇格することはどの組織でも慣例的に行われている。また、同業他社とのつきあいにおいても、〇〇協会の会長ポストを譲るかわりに○○学会の会長ポストを取るという、バーター取引みたいなことを経験したこともある。ことほど左様に、社会は、親子関係のような「無償の愛」で成り立っているわけではないので、社内外活動における取引は、give & takeが基本となるのは事実である。

 人によっては、仕事を離れた個人的な寄付やボランティア活動も、名声を得るための行為で、give and takeで解釈できるし、親が子の面倒をみるのも、いずれ老いて世話を焼いてほしいからで、同様であるという人もいる。いずれにしろ、社会生活の様々な場面で発生する交渉事には大なり小なり、give and takeがつきまとうのは間違いない。そうなると、人間の営みの全てがgive and takeで解釈できるかのように思えてくる。

 現役時代の同僚の中にもいたが、give and takeを信奉する、何事もビジネスライクに考える人は、得をすることはやるが損をすることはやらないということを徹底していた。何に対しても損得勘定で動くし、世の中、功利的に動いて構わないのだと豪語していた。ある意味杓子定規で割り切って考える方が、生きていく上で合理的で、自分にとっても有利であると考えているようであった。そこに、情を挟む余地は全くないようであった。たとえ一旦諦めたかに思えても何かお土産がないとただでは引き下がらないことをモットーにしているようであった。

 確かに、社会生活を営む上で取引(ディール)は必要で、give and takeはそれ自体非難される考え方ではない。また、取引(ディール)は思想や信条は関係ないので、考え方がちがっても交渉が成り立ちやすい面がある。相手が欲しいものを渡せば(give)、こちらが欲しいものを手にする(take)ことができるわけだから 単純と言えば単純なので、それまで硬直状態にあったものを動かす力はあるように思う。従って、give and takeで物事に対処することは悪いことではなく後ろめたいことでもない。しかし、生身の人間が生きていく上での全てを貸し借りで割り切れるものではない以上、それを無視して自分の考えを通すための免罪符のように使う言葉ではない気がする。

 やはり、いくらwin(ウィン) win(ウィン)といっても、社会通念に照らして、やっていいことと、やってはならないことがある。たとえば、富む者が弱者を食い物にするといった余りにも理不尽なものは、どこかで制せられなければならない。よく、give and takeを真理、摂理であるかのように、自分の行動を正当化するための道具として使う人がいるが、give and takeは、全能的な考え方ではなく、いうなれば、人間が集団生活を営む上での妥協の産物であって、少なくとも、誠実さとは無縁のもので、けして美徳とは言えない。人間としての本来のあるべき行為は、take を期待してするものではない気がする。相手に分かってもらえなくてもやってあげる(give)もので、takeはあくまで副次的なものであるような気がする。それが、人と接するときの、望むべき心の持ちようであると信じている。


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※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」や「記念誌」に関して言えば、内容の独自性や面白さはあったほうがいいが、それよりもむしろ業界内や学会内での体面や権威性を維持することを前提条件とする企業や団体は少なくない。制作会社としては、それはそれとして認めたうえで、なおかつ、そこからいくらか外れようとも、「こういう企画にした方がいいと思います」と提言することを怠ってはならない。】