更新日 2026年5月12日
物事を成就させる上で、あるいは良好な人間関係を維持するために、何か役に立つ言葉というわけではないが、なるほど、人生とはそういうものだと合点がいった言葉がある。良い悪いは別にして、あるいは、望むべきか望まざるべきかを問わず、人の世というものはそういうものだという、いわば、自然の摂理かと思えるような言葉がある。
冒頭の言葉の中で、「青天」は晴れ渡った空、「霹靂」は激しい落雷の音なので、思いもよらない出来事、驚くべき事態が生じることを表している。由来は、古代中国(南宋時代)の詩人、陸游(りくゆう)が詠んだ詩から派生した故事だと言われている。我々が、この言葉を如実に感じる典型的な例が地震などの天災である。現役時代、日本海中部地震、阪神淡路大震災、東日本大震災などが発生する度に直ちに現地調査に赴いたが、何の前触れもなく突然襲い掛かった災難をこの言葉で表現する被災者は少なくなかった。しかし、地震のような自然現象だけでなく、仕事や日常生活においても、この言葉と出くわすことは、誰しも一生の中では何度かあるのではないだろうか。しかし、後から思い返せば、全く予想していなかったことが起こったように感じても、実は、そういうことが起こりかねないリスクは以前から負っていたということに気づくことも往々にしてあるものである。
30台半ば過ぎに突然急性肺炎になり、その治療と健康回復のため、就業時間の短縮 生活習慣の変更を余儀なくされたことがあった。病気なった当座は、まさに「青天の霹靂」であり、想定外のことが起こったと思ったが、後からよくよく考えれば、2、3年前から疲れると咳や痰がでるなど予兆らしきものがあった。しかし、それが、まさか大病の前兆とは気づかなかった。当時、自分だけで主観的に判断するのではなく、早く医者にかかり、専門医の目で客観的に見てもらっていたならば、既に、肺炎発症のリスクが高まっていたことが分かったのではないかと思う。
突然の病気や怪我など健康に関わるもの以外で、通常のサラリーマンの生活において、「青天の霹靂」を感じることが多いのは、思いもよらない人事異動や転勤ではないかと思う。しかし、この場合も、異動を命じられた本人は理由が分からず、「なぜ」と感じるかもしれないが、よくよく振り返って考えてみると、必ず、その伏線と思えるような出来事があるものである。異動を命じる専権者にとっては、異動させることは決めていて、単に、タイミングを計っていたに過ぎないということはよくあるのではないだろうか。入社2年目、社始まって以来のストライキも辞さない激しい組合運動に、主体的に関わったことがあった。翌年、執行部の大半のメンバーは、配置転換か、海外への長期出張が命じられた。そのとき、自分の場合は、本社から離れた技術研究所の執行委員長だったので、免れるかと思ったが、1年ずれて本社への転勤命令が出された。後で分かったが、経営側の方針として、執行部の中心人物は必ず異動させることに決めていたようであった。
生来、自分は人事異動に関しては無頓着な方で、年度ごとの人の異動に関して、あまり気に留めていなかったが、社歴を重ねるにつれ、人事異動にはそれなりの理由があることが分かってきた。そういうことに目ざとい上昇志向の強い人は、常に、先読みをして、自分が有利な立場やポジションに早く就けるように、功利的に動いて暗躍する場合もあることもわかった。しかし、そういう人が、深読みし過ぎで立ち回った結果、当てが外れて墓穴を貼る結果になったのを目撃したこともあった。それほどに、如何に先を読もうとしても、予想だにしなかった想定外のことが起こるのが、世の常である。だから、もしも、「青天の霹靂」と感じる災難が我が身に降りかかったとしても、世の中、そういうものだと割り切ってあたふたしないで泰然自若としているのが、余計なストレスを感じずにこの世を賢く生き抜く知恵であるように思う。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、このエッセイの趣旨は、思いがけない(ふつうは好ましくない)出来事が起こっても、じつは何らかの遠因があるものだが、自分としてはそんな因果関係を気にしすぎることなく生きてきたというもの。社員にとってと同様に会社にとっても「青天の霹靂」はあるが、それを避ける注意と同時に、それにこだわり過ぎない度量もあってしかるべしということである。どことなく東洋思想的であり仏教哲学的でもあるのが日本の企業というものの持ち味であることも、社史を作る上で考慮されてよい要素になり得る。人に「人柄」があるように企業にも「会社柄」があるということだろうか。】