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社史編纂・記念誌制作

風間草祐エッセイ集 社史とともに歩む社員の人生

93.合点のいったあの言葉-その12- 「俎板(まないた)の鯉」(ことわざ)

更新日 2026年5月14日


この言葉は、古くから使われているが、鯉が料理人の手で俎板に乗せられると、もはやかなわないものと観念してじっとしていることに由来している。誰しも、一生の中で、自分の力ではにっちもさっちもならないという窮地に陥ることは、大なり小なり何度かあるのではないだろうか。女性の多くは、出産の際、一人ではどうすることもできず、昔は助産婦、今は産婦人科医の手を借りなければならないという経験を積むことになる。

 手術の場合も同様と思われるが、自分も50代の初めに胆嚢(たんのう)摘出手術をした際、同じような心持ちになった。胆嚢の異常は、年に1度の人間ドックのエコー(超音波)検査で毎回指摘されていた。検査技師によって見解は色々であったが、結局、胆石でもポリープでもなく胆嚢の壁が厚くなる腺筋症というものであった。40代の後半になり、そのまま放っておいても構わないが、もしも、その中に癌ができても発見できないと脅された。どうせ、脂っこいものを食べても、壁が厚いので縮まって胆汁を出すことはできないから、もはや機能していないも同然なので、早めに取ったらどうかと勧められた。思えば、母親や叔父も胆石で腹痛を起こし、腹を切って胆嚢を切除しており、親子は体質が似ているので、いずれ取らざるを得ないと考えていたところ、痛くなっていない今ならば内視鏡で摘出できるが、炎症を起こしてしまったら切らなければならない、それに、仕事がら人里離れた現場に行くこともあるだろうし、そんな満足な医者もいない現場で痛くなったら、手遅れとなり腹膜炎も起こしかねないとも言われた。それでも「それにしても、何処、痛くないのに、今、摘出しなければならないのか」と踏ん切りがつかないでいたところ、丁度、会社の先輩や社外の知人が同様な理由で、家族に後押しされ胆嚢(たんのう)を摘出したとの話を聞き、今が潮時と一大決心をして、50歳の時、思い切って内視鏡で摘出することにした。いざ手術台に上ると、麻酔を打たれれば何もわからなくなるので、後は医者を信じて任せるしかない、まさに「俎板の鯉」という心境になった。自分のことながら、自分ではどうすることもできないということを如実に感じたのを憶えている。

 手術以外の日常生活においても、同じような心境に陥ることはある。分かりやすいのは、何かに応募した際の面接試験のときである。色々準備はするにしても、面接官の前に立てば、後は素の自分をさらけ出すしか手立てがない。合格させるかどうか、採用するかどうかのカードは相手が握っているわけだから、相手の意向に身を任せるより他に方法はない。そんなときは、他に選択の余地はないわけだから、くよくよ悩んでも仕方なく、まさに運を天に任せるしかない。「人智を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、自分としてはやることはやったと達観して、じたばたしないで幸運を願うにしくはない。試験に限らず、何かに挑戦したり、自分の意図しないうちにいつの間にか窮地に追い込まれたりして、矢面に立たされることは、長い人生の中で何度も遭遇するものである。そんなときは、いつも逃げ場がないので、同様の境地に陥るわけであるが、どんな場合においても、自分に落ち度はないと開き直って、自分を信じて、俯仰天地に恥じずの精神で、その場を切り抜けるしか方法はない。


風間草祐エッセイ集 目次


※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、社員の仕事というものは必ずチームワークなのだから、協調性が保たれてこそ良い仕事ができるわけである。しかしメンバー各々は各々の考え方や価値観をもっているので、それがチームワークを阻害する場合は何らかの工夫が必要になるという話。そして一つひとつのの「達成」こそが小さな思いやりと協調の大切さを自覚させる機縁となって、人は成長していくのである。そのことが自ずと伝わる社史こそ良い社史であり、そういう会社こそ良い会社なのである。】