更新日 2026年6月26日
人間だれしも、自分の予想しなかった出来事に遭遇すると、これは一体どういうことなのか、どう解釈したらよいのか悩む。そして、そのときの自分の気持ちをうまく表現できる言葉はないかと探してみる。しかし、適当な言葉がなかなか見つからないことはよくあるものである。そんな悶々とした気持ちでしばらく思い悩んでいるうちに、はたと、「要するに、こういうことなのだ」と、自分なりの解釈を思いつくことがある。そこには、誰に言われたわけでもない、何かを読んで知ったわけでもない、自分の経験から滲み出たオリジナルな言葉というものがある。サラリーマンにとっての修行の場ともいえる現役時代を振り返ると、自分が様々な経験を積み成長する過程で、あるいは、組織の中で立場に応じた役割を果たそうとする中で、ふと思い浮かんだ言葉がある。
業種を問わず、ほとんどのサラリーマンは、日々、与えられた仕事にひたすら邁進しているわけであるが、そんな忙しい中においても、はたと、これを続けることによって自分に実力と呼べるような、社会的価値のあるような何かが身に付いているのだろうかと不安になることがある。そんなときは、自らのその時点での実力を確かめ、それを他者に対して保証してくれる資格のようなものが欲しくなるものである。自分が専門とした技術の世界にも、専門分野別にそれを獲得したら自他ともに一人前と認められる資格がある。その資格の試験は論文記述式で、合格率は10~15%で国家試験の中では比較的難しい部類の試験であった。そんな試験を、受験資格の発生する経験年数7年のときに、突然、直属の上司から受けるように言われた。自分としては、とても受かる自信はなかったし、仕事で毎日忙しくて受験勉強する時間もないとその上司に告げた。すると、その上司は「いいから受けて来い」の一点張りで容易には引き下がなかった。しばし考えた末、自分としてもいずれ挑戦したいと考えていた資格なので、渋々ではあったが、ダメもとで受けてみることにした。受験日当日、制限時間ぎりぎりまで殴り書きし答案は仕上げたものの、見返す時間もなかったのでとても受かるとは思っていなかった。ところが、自分でも驚いたことに、運も手伝って、一発で合格することができた。早速、合格した旨を報告しにその上司の所に行くと、その上司は、「俺の言った通りだろ」と言わんばかりの表情で、何も言わずに少し薄笑いを浮かべていた。はなから上司は「勝算あり」と考えていたようであった。そんな経験から、案外、自分の成長の度合いというものは、自分では分からないものだと思った。
思い起こせば、技術研究所時代の4年間は、仕事といっても比較的のんびりと土質試験を教科書を捲りながら体得するのが主であった。一口に「土」といっても関連する分野は広範囲に及ぶが、技術研究所時代の守備範囲は主に盛土に関するもので限定的であった。一方、転勤後の3年間は、およそ「土」と名が付く仕事は何でもござれの気持ちで、徹夜も辞さず無我夢中で取り組んだので、守備範囲も広がり、土質技術者としての実力を数段伸ばすことができたように思う。初めはバラバラで何の繋がりもない事象でも、実は関連性があり、ある理屈を導入すれば整然と繋がっているということに気づくことはよくあるものである。脳の神経細胞の間にシナプスが形成されるようにして、その3年間の間に、頭の中で専門知識が理路整然と体系付けられたように思う。
よく、「一皮むける」というが、卵の殻のように、集中して一定時間圧力をかけ続けないと、固い殻は打ち破れないものである。運動競技のトレーニング中でも、手抜きをせず全力を出し切らないと、けしてその上のレベルには到達しないものである。同じように、どんな仕事でも実力は学習時間に比例して伸びるのでは無く、最終局面で急こう配で伸びるもののように思う。だから、眼に見えて成長していることが確認できない間は、無為に時間だけが過ぎていくように感じても、「継続は力」というように、諦めずに続けることが大事で、そうすることにより、まさに「眼から鱗」で、「そういうことだったのか」と霧が晴れたように自分の成長に気づく瞬間がやがて訪れる気がする。傍(はた)から見ると、急激にステップアップしたかのように見えても、その裏には、人知れず努力し続けた姿が必ずあるものである。
※風間草祐
工学博士(土木工学)。建設コンサルタント会社に勤務し、トンネル掘削など多数の大型インフラ工事に関わる傍ら、自由で洒脱な作風のエッセイストとしての執筆活動が注目される。著書に『ジジ&ババの気がつけば!50カ国制覇—働くシニアの愉快な旅日記』『ジジ&ババのこれぞ!世界旅の極意—ラオスには何もかもがそろっていますよ』『サラリーマンの君へ—父からの伝言—』『ジジ&ババの何とかかんとか!100ヵ国制覇』『すべては『少年ケニヤ』からはじまった: 書でたどる我が心の軌跡』『人生100年時代 私の活きるヒント』『風間草祐エッセイ集 社会編: —企業人として思うこと—』など。「社史」を完成した企業の記念講演の講師も受託する。【※「社史」に関して言えば、社員の仕事というものは必ずチームワークなのだから、協調性が保たれてこそ良い仕事ができるわけである。しかしメンバー各々は各々の考え方や価値観をもっているので、それがチームワークを阻害する場合は何らかの工夫が必要になるという話。そして一つひとつのの「達成」こそが小さな思いやりと協調の大切さを自覚させる機縁となって、人は成長していくのである。そのことが自ずと伝わる社史こそ良い社史であり、そういう会社こそ良い会社なのである。】