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社史編纂・記念誌制作

社史に学ぶ

「社史の品格」

 2006年頃だと記憶するが「国家の品格」という書籍から『品格』が流行語大賞を受賞し、その後も女性の品格、ハケンの品格など『品格』という言葉がブームになった。

 品格とは「物の性質のよしあしの程度」「身分や位・格式」「品位・気品」と広辞苑に書かれているが、その人やその物に感じられる気高さや上品さというところだろうか。

 再ブームが到来するか知るところではないが、社史に学ぶ・その10は『社史の品格』をテーマとさせていただく。

 社史の品格はまずもって文章にあると思う。良い文章、上等な文章などと言い表せる。日本を代表する作家・村上春樹はSNSをいっさい見ないという。理由は「大体において文章があまり上等じゃない。(中略) まずい文章は読まないに越したことはない。」と語っている。(ユニクロ Life Wear magazine『村上春樹に26の質問』より引用)

 SNSの文章は瞬発力が肝になる。それ故、文法も表現も雑な書きぶりが寛容されるふしがあるが、私もそんな文章は読みたくない。

 良い文章、上等な文章をもう少し深掘りすると「文法」と「表現」そして「全体の印象・雰囲気」になる。私は原稿を書く際に「用字用語辞典」「記者ハンドブック」「ライター必修・基礎知識」などの虎の巻を傍らに置き、不安や疑問があればそれらの頁をめくり自分の文章に納得できる客観的な根拠を得るようにする。これは校正・校閲の範疇かもしれないが、ライターとして「文法」と「表現」の正しさを上等な文章にする第一段階としている。

 上等な文章にはセンス(感性)も必要だ。「全体の印象・雰囲気」はこれで決まる。これを第二段階としたい。実は社史に学ぶ・その3でジャーナリスト/エッセイスト・辰濃和男の言葉「品格のある文章や均衡のとれた文章はそういう生き方をした人でなければ書けない」を引用したが、つまり生き方だと説いている。センス(感性)は生き方なのか、こいつは難しい。

 第一段階は客観的なモノ(=虎の巻)に裏打ちされた技術であり、これからは生成AIがとってかわるかもしれない。第二段階は人の体験・経験から身についた個別的・主体的な能力・技能と考えたい。能力・技能の多くが人生の糧となっていれば辰濃の言う生き方につながる。少し都合のいい解釈だろうか。

 ここまでは結果的に文章の品格になってしまったが、社史の品格をあらためて考えたい。社史は経営ドキュメントであり正しさを追い求めなければならない。正しさとは客観性をもった事実だが、検証できない主観的な事実を得ることがある。これを真実と言い換えることができるならこれも経営ドキュメントである。

 会社の軌跡は事実と真実という正しさに迫ることで最大の説得力と魅力を持ち得て、気高ささえも包含する。わが師は社史ライターに求められるのはオーソドックスの踏襲と逸脱であり、かつ、そのどちらにも長けた職人性とアーティスト性であると語る。

 社史ライターは物書きだが、小説家ではない。私は建築家に近いと考える。経営ドキュメントは建築ドローイングに似ている。精緻な設計図面のような経営ドキュメント、これこそが『社史の品格』と強く思う。


 

 

ライター S.S.