自費出版-社史・記念誌、個人出版の牧歌舎

社史編纂・記念誌制作

社史職人からのメッセージ

社史の意義と根本原理1

 自己保存の法則というのはなにも人間を含む生物のみのものではなく、あらゆる物質に共通するものなのかもしれない。というよりもむしろ究極の元素そのものが原始状態を維持しようとするものであって、ひょっとすると、われわれが究極の元素として想定するものさえ、本来非存在のものが存在している状態であって、じつは存在の維持から非存在への指向のあり方が各元素の性質とされているものなのではないだろうか。
 唯物弁証法はテーゼとアンチテーゼの対立によって止揚が永遠に起こるとするが、それは実は存在が非存在へ、つまりは有が無に戻ろうとする運動と考えることはできないのだろうか。
 こういう私の感覚は、まったく何物も存在しない状態を本来状態とし、その本来状態というものは何らかの理由で必然的にエネルギーを蓄える状態であるがために、いわゆるビッグバンを引き起こし、元素を生み、その元素たちが元の非存在に戻ろうとしているのが存在界の各種現象であって、一足飛びに言えば、「人間」も多分に漏れずそうした現象なのだろうという感覚である。
「人間とは何か」「生きる目的は何か」「生きる意味は何か」「幸福とは何か」など人間特有のテーマへの答えは「自己保存」であり、しかもそれを支えている底流は「非存在」への指向である。
 私はこうしたことから、最終的には「人は戦争をすべきでない」「人間対人間はかけがえのない関係であって幸福はそこから生まれる」ことを理論的に導けるのではないかと考えているのである。
 それは決して導けないのかもしれないが、それならそれでかまわない。すべてはすでに決定されていることなのである。ただ、それがどんなものかはまだ知られてはいないのだ。
 存在の世界に原初に存在したものはおそらくはエネルギーだろうが、非存在のパラダイムが存在のそれに移行したのはどういう事情によるものだろうか。
 逆に、まず圧倒的な存在のパラダイムというものが先にあって、その中の一部にビッグバンというものが起きて、われわれが不完全ながら現に認識するところの宇宙空間という「新たな存在のパラダイム」がスタートしたのであろうか。


(編集TK)