「会社」という言葉がわが国で使われるようになったのはいつ頃で、どういう経緯でそうなったのかを調べてみた。ものの本によると、やはり蘭学においてそれまでなかった概念を日本語に置き換える際に漢字の熟語にするという他の多くの例で用いられた方法に拠ったようである。
その初期の用例で代表的なものとして慶応2年刊行の福沢諭吉の『西洋事情』の中に、「西洋では、独りではできない大きな商売をやろうとする場合に5〜10人の仲間で起業することがあり、これを商人会社という。この商社はさらに資金集めのために一種の手形を多くの人々に売って、年々利息を払っている」(現代語訳)という記述がある。
続いて明治2年には政府に「通商会社」「為替会社」という二つの組織が設置され、「通商会社」は内外の商売を行い、「為替会社」は「通商会社」の金融面を支えることとされている。つまり「会社」といってもここでは後の株式会社などと異なり、役所という意味だったのである。
このように、幕末から明治にかけて、オランダ語ではbedrijf、英語ではcompanyの訳語として「会社」が使われることが多くなるのだが、いくら『西洋事情』などで「会社」という文字を読んでも当時としてはほとんどの日本人が実態を知らない新語であったために「ヤクショ」「なかま」などとルビを振られるケースが多かった。
民間会社という組織体がほとんどない日本に組織体を示す外国語が入ってきて「会社」という訳語が作られたので、主に公的組織に「会社」という言葉が用いられたことになったようだが、やがて、欧米ではそういう公的組織が「会社」と呼ばれることはないということが分かってくると、だんだんと民間の組織専用に「会社」が使われるようになっていったのである。