人間はいろいろな意味で不完全で、また制約に縛られた存在である。しかしそれ故にこそ生きる喜びが生ずるのだから、そこが面白いところである。人間は生存のために食わねばならぬ。それは人間にとっての限界であり、制約でもあるのだが、食わねばならぬからこそ、食う楽しみが生ずる。また、生きるためには呼吸をせねばならぬが、だからこそ空気の良い所へ出かける楽しみがある。無知だからこそ知識を得る楽しみがある。空虚を心に宿せばこそ、芸術にふれる喜びがある。争いやすいものだからこそ、平和を美しく感じる。こう考えてくると、人生の意義は人間が不完全だからこそ成立するとさえ言えそうである。人間がもし石のように食う必要も呼吸する必要もなく、なんの苦もなく制約もなく存在するものだとしたら、「心」も生まれようがない。「心」はすべからく存在の困難性がもたらしたものなのである。冷静に考えれば、生命とは本来「苦」なのであり、それに対するその時々の解決をもって「幸福」とか「喜び」を感じているのだ。
1998.01.10